6話 君の話
「見てくれトム先輩! ぬいぐるみ、ぬいぐるみだ!」
「でっかいな。値段は……oh」
タグをそっと裏返しにして見ないフリ。こりゃあUFOキャッチャーのがお得かなって思っちゃうよな。
ポイットモンスター。縮めてポイモン。ゲーム、アニメ、映画と幅広く展開する日本の一大コンテンツである。詳しいことは省略。
『一番人気!』と書いてあるネズミポイモンをつんつんしながら、目をキラキラさせる現役JK。その笑顔ってもっと小洒落た店で見るもんだと思ってたよ。
「もふもふするなぁ」
「もふもふするか」
「買ってもよいだろうか」
「俺に聞かないで?」
親じゃないんだから。
……おじさんでもないからな。お兄さんって呼びなさ――それは違法か。
「ううむ。非常に愛らしいのだが、いかんせん場所を取るからな。悩ましいものだ」
「高いしなぁ」
「うむぅ……」
真剣な表情でぬいぐるみを見つめる大きなお友達。
そこにてくてく近づいてきた子供が、ぬいぐるみを指さして言う。
「パパー。これ買ってー」
後ろから歩いてきた男性は、困ったように笑うと「仕方がないなぁ」と呟きぬいぐるみをカートに載せた。
一部始終を、見て。
「おい宮野。今言おうと思っていることは絶対に言うな」
隣から見つめてくる女子高生が「パ」の口になったのを即座に止めた。
パから始まる活動、ダメ絶対。
◇
ひとしきりグッズを見てまわった後、本屋に行ってぶらぶら、電気屋に行ってゲームコーナーをぶらぶら。
午前の徘徊が終わったので、ランチを取ることにした。どこも混んでいるので、少し並んでハンバーガー屋へ。
「しかしトム先輩、本当にケモミミが好きなのだな」
「小学生アイドルもよろしく」
「まさしく罪を犯していないだけの犯罪者だな」
「一般人だよそれ」
言いたいことはわかるけども。
運ばれてきたバーガーを一口。うまっ。
「こういうものは滅多に食べないのだが……これは、いいな!」
「たまにはな」
夢中になって食べる姿は、クールな見た目からは想像もつかないほど純粋で、どこか幼さを感じさせた。幼稚だとかいう意味じゃなくて、初々しいとかそういう。
これが素なのだろうか。
他の面々の前では、爽やかな姿を演じているが(演じられているかは別として)。それが本心ではないことは、宮野からも聞いている。
ま、俺がいろいろ考えてもしょーがないんですけどね。
「今度来たら、別のやつ試そうぜ。ほらこの、エビフライバーガーとか美味そうだし」
「ボクはこっちのビックバンバーガーが気になるところだ」
「バカの食うやつじゃん。……でも美味そうだな」
アゴの可動限界を無視して積み上げられた特大バーガー。上から串で突き刺しているのは、そうでもしないと崩れるからだろう。
「また来よう。約束だ」
真っ直ぐ見つめてくる少女に、肩をすくめる。
「もちろん」
店を出て、次に行きたい場所を尋ねると、
「あと半日残っているのか……難しいな。どうしたものか」
と、もはや俺を家から遠ざけていることを隠さない発言。気がつかないフリをする俺ってばマジ鈍感系。きゃー抱いて。
「時間余ってるなら、せっかくだし映画でも見てくか」
「え、映画!?」
「うん映画」
駅ビル最上階にある映画館なら、遠くないし他の店にも行きやすい。上映まで待ち時間ができても潰せるので、悪くない提案だと思う。
「トム先輩の見たいものがあるのか?」
「いや、ないけど。ふらっと行って面白そうなのがあれば、どうよ」
「おおっ。大人っぽい」
からかってんのか。と思ったが、相変わらず謎の敬意が込められた視線。やめろその目。自分がちっぽけな人間だと自覚してしまう。
俺みたいなひねくれ者だと、蔑まれるより尊敬されるほうがダメージでかいから。
「……行く?」
「行く!」
「んじゃ」
というわけで映画館。
一番上映が近かった洋画が面白そうだったので、チケットを即購入。ポップコーンと飲み物を装備して、シアターへ。
麻薬を運ぶ老人の話で、実話がベースになっているらしかった。音の迫力やストーリー運びはさすが洋画で、途中にちょっと性的なシーンも挟みつつ上映終了。
洋画ってどこかにベッドシーンがあるよね。うっかり忘れてた。
まあでも、そこが主軸ではないし大丈夫だよな。気にしてないよな。これってセクハラに入りますか教えておまわりさん!
心の中で葛藤した結果、まともに感想を聞けたのは映画館を出てしばらくしてからだった。
「……どうだった」
「とても、難しい話だった」
真剣な顔で、宮野は呟く。ずっと静かだったのは、考え事をしていたかららしい。
「なにが難しかった?」
「麻薬運びになった気持ちが、ボクにはわかってしまうから」
「犯罪者に?」
「法は犯さないかもしれない。でもそれは、法を犯さないだけで……。過ちのすべてが、法律に書いてあるわけじゃない。みたいなことを、ボクは個人的に思ったのだがそういうトム先輩はどうなのだ! さっきからボクにだけ喋らせて!」
後半は尋常じゃないくらいの早口で一気にまくしたてる。顔を真っ赤にして唇を尖らせて、ああ。宮野も恥ずかしがるんだなとかぼんやり思う。
「わりと夢中で語ってたじゃん」
「語るとか言うな! ああああ恥ずかしい。なんでボクはこんな、こんなこと言わないのに……」
「いいじゃん。語ってなにが悪い」
その言葉は、俺らしくなく簡単に。用意されていたように出てきた。
ずっと思っていたからかもしれない。宮野に対して漠然と抱えていたものが、タイミングを見計らって形になった。
「思ったこと言ってくれなきゃ、誰もお前と話せないだろ」
「――っ」
ぱさりと、宮野の持っていたパンフレットが落ちる。しゃがんでそれを拾って、立ち尽くした少女に手渡す。
「好きなものとか感動したこと、一生懸命語ってこそオタクだろ。な」
少し怯んだように一歩後ずさると、宮野は軽く目を逸らした。珍しい反応。いつもの眼力は弱まって、迷いが全面に出ている。
「……トム先輩は、やっぱり大人だな」
「三年早く生まれただけだよ」
「大きいよ。この三年は」
彼女の立場に立ってみれば、俺はよっぽど大人に見えているのだろう。
高校と大学。知らない世界を一つ、俺は知っている。俺だって社会人のマヤさんは大人に見える。
けど、宮野にはその差が大したものじゃないと気がついてほしい。
同じものを見ても同じ感想にならないこと、同じ場所にいても同じ趣味を持たないこと、みんなと違う道を歩んできたこと。それが当たり前だと認められれば、きっと少しは生きやすくなるから。
なんて、お節介が過ぎるか。
踏み込みすぎたかと後悔して、けれどもう遅い。宮野はじっと俯いて、なにかを懸命に考えていた。
考えて考えて、それが間違った道だとしても彼女はいつも真っ直ぐだ。ハーレムを作るなんて馬鹿げたことを言って、だけど一生懸命で、少し仲良くなれて嬉しそうで。
その裏で、いつもこうやって考えてきたのだろう。
そのひたむきさが、報われてほしいと思う。
真っ直ぐに生きようとする人が。
光を求めて努力する人が。
好きなものを思いっきり好きだと言える人が。
道に迷った人を優しく迎えてくれる人が。
正しく報われてほしいと思う。
「……トム先輩。ボクはあなたに、迷惑をかけてもいいんだろうか」
なにを今更。その覚悟なら、随分前からできている。
だから俺はいつものように、肩をすくめて冗談めかす。
「役に立たなくても幻滅すんなよ?」




