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4話 戸村真広攻略戦線

 GW二日目からは本格的にダラダラしよう。そう思って朝食を食べていると、今度は宮野さんに声を掛けられた。


「トム先輩。今日、この後の時間をすべて差し押さえても構わないだろうか?」

「日本語下手くそ選手権なら優勝だよ」


「一番はいいものだ」

「わかりやすく言い直して」


「買い物に付き合ってほしいのだ」

「何買うの?」


「……そ、それは」


 突然口ごもる宮野さん。それに合わせるように、なぜかきょろきょろし始める七瀬さん。

 ――え、なにこの空気。またしても俺の知らないところでなにかが起こっている。


 俺がなにかに誘われるときって、基本的に不穏じゃないか?


「いろいろだ。いろいろ買うから、いっぱい時間がかかるのだ」


「…………いろいろ?」

「…………いろいろ、だ」


 じいっと見つめると、宮野さんは背筋をぴぃぃんと伸ばす。汗がダラダラ流れそうなほど、落ち着きなく目を泳がせている。


「……ま、いいけど。俺も本と新作ゲーム見に行きたいし」

「感謝する」


「他の人は?」


 視線を動かすと、残りの三人は首を横に振った。


「買いたい物もないので」

 と七瀬さん。


「スーパーは行ったばっかりだから。大丈夫だよ」

 と古河。


「若い子のいるところは苦手」

 とマヤさん。


 マヤさんも十分若いじゃないですか。と言おうとしたが、直感的にやめたほうがいいかなと思う。この空間でそういうことを言うのは、得策じゃない気がした。


 ということは、二人か。

 もしかして、これでこの家の女性陣と一対一で外出コンプリートなのでは? マヤさんとは入居前に何度かお茶してるし。


 客観的に見ると俺、かなり爛れてるな……。現実は雪原のようなホワイトなのだが。おまわりさんに覚えられてないかしら。

 でも大丈夫だよね。一番危険度の高い中学生はもう済んでるから! 高校生なら捕まらないはずだ!


 などなど。

 若干腑に落ちない部分はあるが、ま、いいかと受け容れる。


 企みがあるのなら、嵌められてみよう。軽い気持ちで、そう思えるから。







「チィッ、あの小僧。勘づいてるわね」


 二人が出発した後の家で、マヤは鋭く舌打ちをする。

 玄関を出るときに真広はちらっと振り返った。いつもの、どこか軽薄な笑みで。なにか明確な意思を持って。


「さすが戸村くん。鋭いね!」

「悠奈さんがわかりやすいんですよ」


「それを言ったら柚子だって」

「わ、私は完璧に隠せてましたよっ! ……たぶん」


 これで勘づかれるな。という方が無理な話ではある。


「でも、これも想定内よ。割り切っていきましょう」

「そうですね。ここから挽回ですっ」

「おー」


 あの男、特別鈍いわけではないのだ。別段鋭いわけでもないが。

 気がつくべきことには気がつくし、気がつくべきでないことには目を伏せる。そういうことを区別して実行するやつだと、マヤは認識している。


 だが、その目はあまりにも他者を見すぎている。


 ゲームをやって部屋にこもって、自分本位であるかのように口では言いながら。基本的に見ているのは他者のことだ。どこまでの気遣いが、自分には許されているか。その境界線を探して、ぎりぎりまで寄り添おうとする。

 その姿勢は美徳とも言えるだろう。

 だが、同時に独りよがりだ。


(それすらも自覚してそうだから、……めんどくさいのよねえ)


 自覚した上で、蓋をしている。


 自分が人からどう思われているかを、戸村真広は考えない。否。考えていないフリをする。

 それはきっと、傷つかないための自己防衛であり、これまでの人生で学んだことなのだろう。


 だからこそ、未だ作戦は継続中。


「さ。私たちも行くわよ」


 車の鍵を持って、二人の準備を促す。


「安心しなさい。勘づいてるだけ。どうせまだ、なにが起こるかはわかっちゃいないわよ」


 悠奈が生み出してくれる時間は、それほど長くはないだろう。

 どんなに遅くとも夕方には戻らねばならない。


 ほんの少しの焦燥感と、イタズラを仕掛けるようなわくわくを抱えて。三人は家を出た。

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― 新着の感想 ―
[一言] 彼を連れ出して、何か準備しているのか… みんなに気を使ってもらっているんだな。幸せ者。
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