4話 戸村真広攻略戦線
GW二日目からは本格的にダラダラしよう。そう思って朝食を食べていると、今度は宮野さんに声を掛けられた。
「トム先輩。今日、この後の時間をすべて差し押さえても構わないだろうか?」
「日本語下手くそ選手権なら優勝だよ」
「一番はいいものだ」
「わかりやすく言い直して」
「買い物に付き合ってほしいのだ」
「何買うの?」
「……そ、それは」
突然口ごもる宮野さん。それに合わせるように、なぜかきょろきょろし始める七瀬さん。
――え、なにこの空気。またしても俺の知らないところでなにかが起こっている。
俺がなにかに誘われるときって、基本的に不穏じゃないか?
「いろいろだ。いろいろ買うから、いっぱい時間がかかるのだ」
「…………いろいろ?」
「…………いろいろ、だ」
じいっと見つめると、宮野さんは背筋をぴぃぃんと伸ばす。汗がダラダラ流れそうなほど、落ち着きなく目を泳がせている。
「……ま、いいけど。俺も本と新作ゲーム見に行きたいし」
「感謝する」
「他の人は?」
視線を動かすと、残りの三人は首を横に振った。
「買いたい物もないので」
と七瀬さん。
「スーパーは行ったばっかりだから。大丈夫だよ」
と古河。
「若い子のいるところは苦手」
とマヤさん。
マヤさんも十分若いじゃないですか。と言おうとしたが、直感的にやめたほうがいいかなと思う。この空間でそういうことを言うのは、得策じゃない気がした。
ということは、二人か。
もしかして、これでこの家の女性陣と一対一で外出コンプリートなのでは? マヤさんとは入居前に何度かお茶してるし。
客観的に見ると俺、かなり爛れてるな……。現実は雪原のようなホワイトなのだが。おまわりさんに覚えられてないかしら。
でも大丈夫だよね。一番危険度の高い中学生はもう済んでるから! 高校生なら捕まらないはずだ!
などなど。
若干腑に落ちない部分はあるが、ま、いいかと受け容れる。
企みがあるのなら、嵌められてみよう。軽い気持ちで、そう思えるから。
◇
「チィッ、あの小僧。勘づいてるわね」
二人が出発した後の家で、マヤは鋭く舌打ちをする。
玄関を出るときに真広はちらっと振り返った。いつもの、どこか軽薄な笑みで。なにか明確な意思を持って。
「さすが戸村くん。鋭いね!」
「悠奈さんがわかりやすいんですよ」
「それを言ったら柚子だって」
「わ、私は完璧に隠せてましたよっ! ……たぶん」
これで勘づかれるな。という方が無理な話ではある。
「でも、これも想定内よ。割り切っていきましょう」
「そうですね。ここから挽回ですっ」
「おー」
あの男、特別鈍いわけではないのだ。別段鋭いわけでもないが。
気がつくべきことには気がつくし、気がつくべきでないことには目を伏せる。そういうことを区別して実行するやつだと、マヤは認識している。
だが、その目はあまりにも他者を見すぎている。
ゲームをやって部屋にこもって、自分本位であるかのように口では言いながら。基本的に見ているのは他者のことだ。どこまでの気遣いが、自分には許されているか。その境界線を探して、ぎりぎりまで寄り添おうとする。
その姿勢は美徳とも言えるだろう。
だが、同時に独りよがりだ。
(それすらも自覚してそうだから、……めんどくさいのよねえ)
自覚した上で、蓋をしている。
自分が人からどう思われているかを、戸村真広は考えない。否。考えていないフリをする。
それはきっと、傷つかないための自己防衛であり、これまでの人生で学んだことなのだろう。
だからこそ、未だ作戦は継続中。
「さ。私たちも行くわよ」
車の鍵を持って、二人の準備を促す。
「安心しなさい。勘づいてるだけ。どうせまだ、なにが起こるかはわかっちゃいないわよ」
悠奈が生み出してくれる時間は、それほど長くはないだろう。
どんなに遅くとも夕方には戻らねばならない。
ほんの少しの焦燥感と、イタズラを仕掛けるようなわくわくを抱えて。三人は家を出た。




