3話 天は女子中学生の下に俺を作りました
ゴールデンウィーク! 初っぱなに庭での作業はあったものの、その後の予定は皆無だ。なにもなし。素晴らしい!
ありふれた休日が、当たり前の早さで進んでいく。積んでいたゲームを崩し、詰んでいた敵を倒し、今日も無意味なハッピーライフ。
そんな無為な生活においてもただ一点、明確な価値を持つ習慣がある。
穂村荘の良心こと七瀬柚子さんの授業。
担当させて頂くのは、穂村荘のゲーミング陰キャこと戸村真広。七色には光らないです。
夕方四時にダイニングテーブルで始める。
これといって決まった時間はないので、どちらかが声を掛ける。今日は俺の方から時間を決めさせてもらった。
授業の冒頭。
俺は手を組んで天井を見上げ、それっぽい表情をしながらゆっくり話す。
「効率っていうのは、『頑張る』という意識が生まれた瞬間、爆発的に落ちていくものなんだ。だから努力しようと思って努力すると、思ったよりも成果が上がらず、その努力を補うために努力をすることになり、負の無限ループが始まる……んだけど」
ここ最近のチェックテストを机に並べて。
そのあまりの出来の良さにこめかみを揉んで。
「なんか――無理してるとか、ない?」
「ないですけど」
「ないかぁ」
この人はなにを言ってるんだろう? と言いたげな瞳。こてっと倒した首。
「一日どれくらい勉強してるの?」
「計ってないですけど。あ、これからは計った方がいいですか?」
「いや、いらない。でも、計ってないんだ……」
頭を抱えながら考える。
一体全体、この子のモチベーションはどこから湧いてくるんだろう。
こう見えて俺も個別指導の経験は一年ある。だからそこそこの数の生徒と話したし、別のアルバイトから話も聞いた。
しかし個別指導というのは、特に大学生に依頼が来るものは――一部T京大学などを除いて――やる気がある生徒が少ない。
生徒のやる気を出してあげましょう。というところからスタートするのだ。
なのに七瀬さん、この二ヶ月でやる気がずっと保たれている。
いや、わかってるんだ。問題がないってことは。最高の状態だってことはわかっている。ただ俺が、授業のペースを当初より早めなくてはならなくて動揺しているだけ。
「…………」
「……なんでしょうか」
「七瀬さん」
「はい」
「勉強、楽しい?」
「楽しくはないです。でも、――したいんです」
じっと見つめてくる瞳には確固たる決意があって。
そういうまぶしさに、俺はとことん弱いなと思う。
「わかった。じゃあ、もうちょっと授業の回数を増やそうか」
「いいんですか!?」
ものっそい食いついてきた。めちゃくちゃ前のめり。
「お、……おう。最近の感じだと、復習が過剰になってる気もするしね」
「でも、先輩も忙しいですよね」
「君はこの二ヶ月間、俺のなにを見てきたんだい」
起床と睡眠の間にあるのは基本的に虚無だ。
それに、七瀬さんの親と結んだ契約は一ヶ月〇万円(生々しいので伏せておく)の定額サブスクリプション。使っただけお得なら、使ってもらうに越したことはない。
「そうですか。ますます頑張れそうです!」
「まだ頑張れるのかぁ」
拳を握ってむふんと気合いを入れる七瀬さん。その隣で頭を抱える俺。
この子はフリーザ様なのかもしれない。
まあ、でも。
「だけど、たまには休んでね。じゃないと七瀬さんと遊べないからさ」
「そうですねたまにはお休みも…………っっっっ!」
急に顔を赤くした七瀬さんが、ぺしぺしと左手で叩く真似をしてくる。真似なので触れてすらいない。エア猫パンチ。にゃんにゃん。すっげえ可愛い。
ちなみに大学生が女子中学生に向かって「可愛いね」というのはアウトです。法律さんは俺を守ってくれない。
「どうかした?」
「…………先輩はたまにほんとにたまーにちょっとだけ先輩ですよね!」
「俺という存在は、概念? 等号不成立?」
「今度遊びますよ絶対ですからね! 先輩が言うから休むんですよまったくもう!」
「あ、ありがとう……?」
「疑問符いらない!」
「ありがとう!」
女子中学生からのお怒りにすっと従う大学生。
格付け完了です。