1話 GWを楽しむためには
四月の終わりから五月の頭にかけて、国民の心を躍らせる黄金の一週間。すなわちゴールデンウィーク。
俺くらいのプロニートになってくると、週五で大学に行くのは著しく精神に負担をかける。休みは心の栄養剤であり、人生の糧。素晴らしきかな、大型連休。
その初日。
朝っぱらからリビングで仁王立ちをしていたマヤさんに声を掛けられる。
「やっと起きたわね真広! 出番よ!」
「朝からそのテンションはついていけないんですが……」
古河のモーニングを食べたいがために八時起床。当然ながら、休日前は深夜までゲーム。つまり起きてすぐは非常に具合が悪い。
しょぼしょぼする目と、コンクリートを詰められたような頭をどうにか前に向けている。
「なーにくたびれてるのよ。世間はゴールデンウィークよ! ゴールデン!」
「そう。ゴールデンだから怠けるんです。余暇とは、無為に消費するために存在する」
「ほんっと、今の若い子ってああ言えばこう言うわよね」
「まだ反論1ターン目なんですけど」
短気にもほどがあるぜ。
まったく、これがスタイル抜群の大人の女性じゃなかったら危なかった。男の先輩とか上司からの理不尽は嫌だけど、お姉さんからの無茶ぶりはオッケー。それを楽しんでこそ人生。
「で、なんですか。眠いことを除けば、一日中暇ですけど」
「よく言ったわ。やっぱり、持つべきものは暇人ね」
「将来の夢はヒモニートです」
「朝の先輩は無気力ですね」
「うむ。だが、それでこそトム先輩とも言える」
「失礼な。俺はいつだって無気力だ。なるべく頑張りたくない」
先に降りて座っている中高生。この二人もゴールデンウィークに帰省しないらしい。
「戸村くんとマヤちゃんも座ってー。今お味噌汁持ってくから」
「味噌汁うぉおおおぉ」
へにゃぁっとガッツポーズ。めちゃくちゃ嬉しいけど、やっぱり力が入らなかった。
古河ママの味噌汁、めっちゃ美味いんだよな。毎日食べたいってか食べてる。逆説的にこれは結婚? ウケる。いや別に面白くはねえな。
テーブルに掛ける。席順は俺と七瀬さんが隣で、誕生日席にマヤさん。正面が古河で、その横に宮野さん。
全員揃ったところで手を合わせ、
『いただきます』
食べ始める。
マヤさんがいるのは、かなり珍しいことだ。休日は昼まで眠っているのが常なのだが、今日はピンピンしている。
他の女子たちは規則正しい生活を送っているらしく、よぼよぼしているのは俺だけだ。だがそれも、箸を進めるにつれて変わっていく。
空っぽの動力炉に燃料をくべるように。あるいは、固まった部位にオイルを流すように。
温かい食事が、全身の機能を目覚めさせてくれる。
「うまぁ……」
「美味しいですよね」
「水希さんの料理は最高だな!」
「よっ、三つ星シェフ!」
「えへへ。皆が食べてくれるから、気合い入っちゃうよね」
賑やかな空気も相まって、徐々にテンションがニュートラルへ。
食事が終わる頃には、すっかり元通りのノーマル戸村くんである。普通にやる気がない。だめじゃん。
情報番組を見ながら緑茶を飲み、ほっと一息。
「それで、今日なにかやるんですか?」
「よく聞いてくれたわね。ぶっ飛ばすわよ」
「なんで!?」
「冗談よ」
バイオレンスの嵐が吹き荒れるかと思ったぜ。
マヤさんはにっと笑って、力こぶを作る。
「ちょっと男手を借りたくってね」
◇
午前十時を過ぎたところで、家の前に一台のトラックが止まった。
運転手さんとマヤさんが軽く会話し、積み荷が敷地内に降ろされる。
それを横目に、俺と宮野さんは草抜きをしていた。
穂村荘の少し広い庭の一角。普段は誰も使わない場所だが、ここを使う計画があるらしい。
「奉仕活動をすると心が豊かになるな! トム先輩!」
「……ま、草抜きは俺も嫌いじゃないよ」
七瀬さんには「俺が二人分やるから、勉強してて。はいここ明日確認テストやるよ」と言ってあるし、古河には「昼ご飯美味しいのオナシャス」と伝えている。
残った宮野さんは喜々としてこの労働を引き受け、俺は自主的に生け贄としてここにいる。
「しかしトム先輩は本当に気遣いの人だな」
「なにが?」
「ほら、柚子ちゃんに配慮してただろう?」
「受験生だからな。本人も勉強したいだろうし」
「一人だけ休ませると気を遣わせるから、水希さんにも別のことを頼んだのだろう?」
「種明かしされると恥ずかしいだろ……」
わかってるならわざわざ言うな。ため息を吐いて、摘まんだ雑草を引っこ抜く。
「やはりボクは、トム先輩に憧れるよ」
「そうかい」
「憧れすぎて、最近はケモミミ教に入信するほどだ」
「マジで!?」
「マジなのだ」
なんか会話の腰がポキッと折れた気がするけど、都合がいいので放っておこう。
「いいよなケモミミ。神だと思うよ俺は」
「そして奥が深い」
「ほんとそれ」
一口にケモミミと言っても、なんの動物をモチーフにした耳なのか。キャラはどのくらい獣なのか。といったところで差異が生まれる。
その中で自分にとっての黄金比を見つけるのが、人生のゴールである。
それからしばらく雑談をしていると、マヤさんに呼ばれた。
「出番よ真広」
「やっと俺の人生にスポットライトが」
「言ってて悲しくならないのかしら?」
「やだなマヤさん。この程度で悲しむような、半端な怠け方はしてませんよ」
「怠けて筋力をなくしてないでしょうね」
「大丈夫です。二週間に一回は世界救ってるんで」
「頼もしいわ。じゃあ、これをお願い」
そう言ってマヤさんが指さしたのは、彼女の横に積み上げられたコンクリートのタイル。正方形で、のっぺりした特有の清潔感がある。
「すみません。瓦割りは苦手なんです」
「砕いたら追い出すわよ。これ、庭に並べてほしいの」
「なるほど」
「一緒に行くわよ。ついてきて」
軽々とタイルを持ち上げ、歩きだすマヤさん。なるほど軽いのか。と思って俺も持ったらずっしりきた。
なるほどな。完全に理解した。
マヤさんに逆らっちゃだめだ。




