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人生に疲れた俺は、シェアハウスにラブコメを求めない  作者: 城野白
春 3章 腹ペコJDはわかりたい
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9話 空を飛べない鳥たちは

 最寄り駅から電車で二十分揺られ、動物園までのバスに乗る。

 休日ということもあり、園内は家族連れで賑わっていた。男女カップルもいるにはいるのだが、他のデートスポットに比べればずっと少ない。


 だからなんだというわけではないが。ないはずだが、ちょっと落ち着く。遊園地とかじゃなくてよかった。

 入り口のゲートをくぐって、真っ先に目に入るのはアフリカゾウ。


「わぁっ、すごい臭いだね!」

「感想がひでえ」


 にっこにこの笑顔で鼻をつまむ。確かにすごい臭いではあるけれども。


「あとは大きい」

「サイズはついでか?」


「まあ、恐竜に比べたらねえ」

「お前はいつの時代から生きてるんだよ」


 適当な冗談を言い合いながら、解説のパネルを読む。

 ゾウの名前はハナ。長生きで、皆から愛されているんだとか。


「あ、餌やりするみたい」


 顔を上げると、飼育員さんがやってくる。マイクに話しかけると、頭上のスピーカーから音が出た。


『今から、ハナちゃんにリンゴをあげたいと思いま~す』


 明らかに小学生以下に向けた話し方で、注目する人もほとんどが子供だ。

 だが、そんなことは関係ない。子供達に最前列を譲りながら、きっちり見えるスペースを確保。


「餌やりって、動物園のクライマックスだよな」

「さすが戸村くん。目の付け所がいいね」


 最近は動画サイトでも見ることができる。しかし、現実の迫力にはどうしても敵わない。

 ゾウの巨大な鼻がぐにゃりと丸まって、小さなリンゴを鼻先で包んで、口まで持っていって、巨大なアゴでむしゃむしゃ。


 正直、めちゃくちゃあがる。俺の心の中のリトル戸村くんがはしゃぎまくっているのだ。心はいつまでも五歳児。


 体は大人、知能も大人、精神は子供。

 一番手に負えねえ。


 餌やりが終わると、人だかりも散っていく。俺たちもそれに乗って、別のエリアへ。


「おっ、ゴリラさんじゃん」

「わぁ。強そうだね」


「だな」

「荷物、いっぱい持ってくれそうだね」


「二足歩行じゃないから厳しいのでは?」


 背中にのっけても落としそうだ。


「あとあいつら、物投げるし。安全面でも、買い出し係は譲れんな」

「君はなにと張り合ってるの?」


 それはもちろん、ゴリラに地位を奪われないように。

 考えたらちょっと悲しくなってきた。なんで俺、ゴリラに自分の地位を脅かされそうになってるんだろう。


 肩を落としながら次のエリア、猿山へ。


 赤い顔をした毛むくじゃらが、山の至る所で動き回っている。複数の個体で固まっているところもあれば、単独で縄張りを主張しているようなもの、端の方で丸まっているもの。

 押し込められた空間で、どこか窮屈そうに生きている。


 別に俺は、動物愛護を主張するようなキャラではないし、そういう思想もない。

 だから思うのだ。


「人間ってすげえよな」

「んー?」


「なんとなく思っただけだよ」

「そうなんだ」


 柔らかい笑顔のまま、答になっていない返事に古河は頷く。


 彼女のその無関心が心地よいと思う。適当なことを言ったとき、適当に流してくれる。

 だから俺は風のように気まぐれに言葉を紡いでいられる。軽い冗談だって言える。


 シェアハウスに誘ってくれたのが、彼女だったからついていったのだ。

 優しい無関心は傷口に触れもせず、ただ見守ってくれるから。


 そんなことを、考えた。







 喉が渇いたからと、売店で飲み物を買う。

 どこからどう見ても普通のラムネで、味もラムネな『ゴリラムネ』と、どこからどう見てもペ〇シのロゴが入った機械から注がれた『ラッコーラ』を購入。


 ゴリラが俺で、ラッコが古河。

 ラッコーラは紙コップに絵が描いてあって、子供が喜びそうなものだった。

 一方ゴリラムネに関しては、なにか演出があるわけでもなく、ただのラムネ瓶を手渡しされた。子供泣くぞ。


 炭酸のうまい季節になってきたな。と思う。

 つらつらと人の少ない場所を選んで回りながら、そろそろいいかと思って切り出す。


「――で、今日のこれはなにか、そろそろ教えてくれないか?」

「今日のって?」


 質問を質問で(以下略)!

 うっかりキラークイーンしそうになったが、しかし。こてっと首を傾げる古河は、本当にぽかんとしている。


「…………」


 気まずい静寂。


「ええっとだな。なんか最近、けっこう俺のこと見てなかった?」


 あかんこれめっちゃ恥ずかしいやつだ!

 俺の自意識過剰感がやばい! 違ったらどうしよう!


「あー」

「お、思い出せそうか?」


「うんうん。思い出したよ。戸村くんと遊ぶの、楽しくて忘れちゃってた」


 なにそのスマイル可愛すぎるんですが。

 忘れちゃってたじゃねえよキュン死するぞ?


 まったく。俺みたいな萌え豚には破壊力が高すぎる。ここが部屋だったら三十分はのたうちまわってたね。お外なのでどうにか精神を保つ。


「バレちゃってたかー」


 ふわふわした足取りで、古河は柵に体重を預けた。

 なんの因果か、ペンギンのエリアだ。


「あれで気がつかないほうが難しいだろ」


 密着しない程度の距離を取って、俺も並ぶ。


「戸村くん、いろいろあったんだってね。永谷園くんから聞いたよ」

「そんなお茶漬けみたいなやつじゃないだろ。ハセ、な」


 あいつもつくづく余計なことをする。中途半端なため息が出た。

 不快でも、愉快でもない。ただなにかをリセットするために必要な、一拍ぶん。


「あいつ、なんて言ってた?」

「俺たちのせいで、戸村が人づきあいを避けるようになったんじゃないかって」


「あいつの言いそうなことだ」

「なにかあったの?」


「いろいろあったし、なーんにもなかった」


 俺とあいつらは、語っても語りきれないくらいには一緒にいた。だけど、語りたいと思える思い出はなんにも残っちゃいない。

 それだけだ。


「人づきあいを避ける……か」

「そんなふうには見えないけどねえ」


「内弁慶ってやつなのさ」


 ちゃんと向き合おうとか、関わろうとする相手はずいぶん限定的になった。もっと端的に言ってしまえば、誰と関わるかを選ぶようになった。


「それで……心配してくれたのか」

「うーん。ちょっと違うかも」


 逡巡はほんの少し。すぐに答を見つけて、彼女は言う。


「友達のことをなんにも知らないのは、寂しいからだよ」

「…………」


 懐かしい響きだ。

 どこか遠くて温かい。懐かしくて笑ってしまう。


「お前は本当にいいやつだな」


 雪の日、ケーキをくれた。

 心が壊れてしまいそうなときに、軽い気持ちで手を伸ばしてくれたから。

 世界はそんなに悪いところじゃないよと、その笑顔が教えてくれたから。


「でも大丈夫だよ。だって俺には、楽しい同居人がいるから。それに、ハセは自分のせいだって言うけど、俺にだって非はあった。いいやつなんだよ、あいつ。運が悪くて、噛み合わなかっただけでさ」


 そこについていくだけの協調性を、俺は持っていなかった。


 だから俺は、ペンギンなのだ。

 高く飛ぶことだけが、鳥の幸福ではない。青い水の中にだって生きる道があることを、教えてもらったから。

 なにも後悔しちゃいない。

 この場所を誇ればいい。今の在り方を信じたい。

 最近は、特にそう思う。


「そっかぁ」


 どこか満足げに、古河は微笑んだ。


「じゃあ、余計なお世話だったかな?」

「いや。誰かに心配されるってのは、嬉しいもんだよ。ありがとな」


 素直にお礼を言って、それがなんだかおかしくて、俺たちは笑った。

 それからは普通に、残りのエリアを回って。古河が気になっているランチを食べてから帰った。


 恋愛の「れ」の字もなかったことを、ここに報告しておく。

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― 新着の感想 ―
[一言] 心地のいい友情って楽だし楽しいですよね。今の時代友情だけで生きていけるので、恋愛をしないといけないってことはないですよね。友人思いの友人がいるのは幸せですね
[一言] 結局想って想われて それはれの字ではないかもしれないけれど、愛情には違いない。でも、やっぱりれの字の縦棒ぐらいは入っているような気がする。
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