8話 これはデートに入りますか?
唐突にお出かけに誘われてから、三秒。
俺の脳みその溶けていない部分が全力で駆動する。
落ち着け戸村真広(19歳)。相手は誰だ? 古河水希だ。オッケー。
今度のお休みってなんだ? 土日のことだろう。オッケー。
一緒にお出かけ。
なるほど。
「みんなでってことだよな」
「ううん。二人でだよ」
「ごふっ」
思わず吐血しそうになった。なに? なにこれ?
もしかして俺、デートに誘われてる? まままままさか。そそそそんなことああああるはずないynぇ。
「……ああ、なるほど。グルメフェス的なやつだろ」
「動物園だよ」
――なんで!?
まずい。心臓が変にバクバクし始めた。流れる汗が冷たいのはどうして? とんでもない異常事態を肌で感じ取っているからだろう。
これが恋ですか。そういう季節が始まっちゃってるんですか。さすがシェアハウス。なうでヤングなパリピがウェイウェイだ。
「…………動物園のカフェ限定メニューか?」
「む。失礼な。戸村くん。私だって、カフェのついでに動物くらい見るよ」
「なんかすげー安心した」
さっきのドキドキはただの動悸らしい。それはそれで問題ありだな。
「チケットが二枚あってね。あ、これは友達からもらったんだけど」
「バイトの?」
「そうそう。本当はこの間紹介された人と行って、て言われたんだけど」
「え、すげー申し訳ないんだけど」
このチケットは本来、長谷に渡されるべきものだったのだ。まあ、本人が断ったならどうしようもないのだが。
「いいのいいの。戸村くんと行きたいって言ったら『男なら誰でもヨシ!』って言ってくれたんだよ?」
「節操ねえな!」
あとそこ二人の間でものっすごい誤解が生まれてるよね。言っておくが、俺と古河は恋愛とかにはならないからな。
ならないったら、ならないんだからな!
◇
とまあ。
ツンデレっぽく言うことで「実際デートしたら楽しくて浮かれて告白とかしちゃうんでしょ。へいへい若いのへいへい」みたいな空気にはしてみたが。
「ぐぎぎぎ……」
「むむむぅ……」
「へぇー」
女子高生と女子中学生、ついでにOLさんにも見送られて家を出る。というこの時点でだいぶ萎えムードではある。
羅刹みたいな顔をしていたのが宮野さんで、なんか悲しそうな顔をしていたのが七瀬さんで、ニヤけていたのがマヤさん。
三者三様、話しかけたら面倒くさそうなので無視しました。
「動物園、楽しみだねえ」
「まあな」
隣を歩く古河は、いつも通り上機嫌。花柄のワンピースと、つばの広い帽子を被って軽快に歩く。
明るく染めた髪と、きらきら輝くような表情。
ほんと、俺じゃなきゃ瞬殺されるレベルで可愛いんだよな。
「戸村くんは動物好きなの?」
「植物もわりと好きだけど」
「野菜も美味しく食べるもんね」
「それとこれとは別じゃないか?」
やはりこいつ、動物園を食材の宝庫と思っているのではないだろうか。カバさんのお肉って柔らかそうだよねえ。とか言い出しても驚かないぞ俺は。
「じゃあさ、なんの動物が好き?」
「牛か豚なら、豚」
「動物園の話だよっ!」
「そのツッコミは俺がするやつだろ!?」
「え……私、なにか間違った?」
「あ。ごめん、なんでもない」
ノリと勢いで会話を進めてしまったために、意味不明なツッコミをしてしまった。反省。
「好きな動物……か。ペンギンはけっこう好きかな」
「動物園にいるかな」
「いるだろ。たぶん」
水族館にもいるところはあるし、あいつわりとオールラウンダーだよな。などと思う。なにがオールラウンドなのかは知らん。
「古河は好きな動物とかいるのか?」
「カバさん」
「やはり肉質か!?」
「?」
きょとんとして少し考え、ああ、と手を打つ。
「ぷにぷにして可愛いよねぇ。でもカバさんって、走ったらすごく速いんだよ」
「……そっちか。ええと、四十キロくらい出るんだっけ?」
「六十キロだって」
「こっわ」
そんなん車じゃん。意志を持ってぶつかってくる生身の車じゃん。
カバが駆け回ってるアフリカ、まじデンジャラス。絶対住めないです日本でよかった。
「すっっごく憧れるよね!」
拳をぎゅっと握ってうっとりした表情。なるほど。本当にカバのことが好きらしい。
どうやら古河は食事だけの人間ではなかった、と。そりゃそうだという話ではあるが。なんにせよ。
好きなものに真っ直ぐなのは、彼女の性質らしい。
ちなみに、カバのどこに憧れるかはまったくわかりません。




