7話 イベントにはフラグが必要。そう思っていませんか?
長谷との接触でなにかが変わるほど、人生はアクロバティックにできちゃいない。
俺は相変わらず俺で、大学ではソロが多く、サークルには所属せず、バイトは七瀬さんの家庭教師だけ。引きこもりゲーマーであることを誇りとし、二次元JSに月一回の課金を行う。
その、はずだったのだが。
◇
(じーっ……ちらっ、ちらっ)
リビングでだらけていると、こっちを確認してくる人間が一名。
視線を感じるようになったのは、落ち着いた日々が戻ってすぐのことだった。
俺に安寧の時はないのか?
問いただしてみようかと思ったが、本人は気がつかれないようにしているらしいし。しばらくは黙っている。
視線の主は、我らが穂村荘のママこと古河水希。じゃあマヤさんはなにかっていうと、なんだろうね。長女?
ママさんはここ最近、レシピ本を眺めるフリをしながらこっちを見てくる。料理をしながら見てくる。ちらっと視線を向けると目が合う。
なにこの、やっすい恋愛テストで両想いになりそうな状態は。居心地悪いんですけど。
どうせ「れ」の字で始まることじゃないんだろうけどさ。
目を見ればわかる。あれは観察する人の目だ。理系特有の、対象からデータを抜き取らんとする集中。
なにを測ろうとしているのだろう。もしかして、俺の一日の消費エネルギーとかか? それを元にして料理を作ろうとしてるのか?
……ありえる。普通に考えたらアホかと思うようなことだけど、むしろだからこそやりかねない。この家の住人はそういうところがあるよね。
まあ実際、観察されるだけで実害はないし。むしろ標本としての役割を真っ当するために、気にしないフリを続行。
していた。のだが、
「水希さん、どうしてそんなにトム先輩を注視しているのだ?」
乱入者によって均衡が崩れる。
そらそうですよね。同居人が男のことガン見してたら気になるわ。宮野さんに非はない。
……の、だが。
「しー。今、気がつかれないようにしてるの」
「お、そうなのか。ふふふーん。なんでもなふふーん」
もしかして、まだ気がついてないと思ってる!?
っつうか宮野さんの誤魔化しかたなにそれ!? 鼻歌下手ッ!
あまりの気まずさに言い出せなくなる俺。気がつかれていないと思っている古河。誤魔化そうと鼻歌を歌う宮野さん。
…………なにこの状況。
スマホ見てるだけの俺を二人がかりで観察してくるんだけど。なに? なに? 俺ってそんなに珍しい生き物だっけ?
状況の打開を求めて、心の中で祈る。
そこへ入ってくる第三の人物。
「――あ、皆さんこんにちは」
七瀬さんはこっちに一礼。二人に一礼。
それから首を傾げると、さっと宮野さんが近づいて状況を説明。ふむふむと頷く七瀬さん。
結果。
俺を観察する人が三人になりました。
…………なぜだ。
(じー)
(じー)
(じー)
ダイニングテーブルに腰掛けた三人から、思いっきり視線を感じる。
こうなってくると不思議なことに、なにも悪いことをしていないのに罪悪感が湧いてくる。こうして冤罪は作られるのか。気分は取調室に押し込まれた気弱な市民A。
なんだこれ。裁き? 裁きを下す準備をしてるの?
許してもらうには土下座が必要かもしれん。手に持ったスマホは、無意識のうちに『謝罪 奥義』で検索している。『謝罪のO様』という映画がでてきた。もうだめかもしれない。
本気で怖くなってきたので、すっと立ち上がって忍のように一階を後にする。背中に突き刺さった視線は、ドアを閉じたところで感じなくなった。
「……なんだったんだ」
震えながらゲームをやって、視線を感じながら夕飯を食べて、震えながらゲームをして、震えながら寝て――。
それから更に、数日後。
「ねえねえ戸村くん。今度のお休み、一緒にお出かけしようよ」
立てた覚えのないフラグから、イベントが発生しました。




