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人生に疲れた俺は、シェアハウスにラブコメを求めない  作者: 城野白
春 3章 腹ペコJDはわかりたい
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6話 興味がない

 長谷伸也から約半年ぶりの接触を受けたのは、二限終わり。昼休みの時間だった。

 大学には、昼休みという明確な時間は存在しないが、一時間程度の空白がある。その始まりに捕まってしまったのは、酷い誤算だった。


「久しぶりだな、戸村」


 講義室から出る途中に呼びかけられたので、廊下に出て立ち止まる。


「なに?」

「一緒に昼飯食おうぜ」


「…………おう」


 長谷は一言で言ってしまえば、普通のやつだった。普通に人に話しかけて、普通に人と仲良くして、普通に大学生をやっている。

 無個性というのではなく、欠けていないという意味で普通だった。


 特に抵抗することもなく、食堂まで一緒に行く。男と行動するのはどれくらいぶりだろう。そういえば最近、俺の人生は桃色天国と化していたな。


 男との話題ってどんなのだっけか。下ネタ? やっぱり下ですか。それは女子とはできないもんな。他は……なんだっけ。

 下ネタ以外なら別に、オタトークも飯の話も勉強関連も社会の闇も足りている。


 真っ昼間から外で下品なワードを連発するわけにもいかず、表面を取り繕うような話題ばかり。さっきの講義がどうとか、二年生は大変だとか。

 長谷が話すのに合わせて、赤べこのように相づちを打つ俺。


 ん、あ、そうだな、へえ、ふうん。このあたりのワードを巧みに使いこなす。


 人との会話って、こんなに空虚だっけか。それとも、彼女たちが濃すぎるのか。

 圧倒的に後者のような気がする。


 まあ、でも。


「で、本題はなんだ」


 向かい合って座ったところで、切り出す。

 会話に中身がないのは当然だ。理由のない関係性からは、本質的になにも生まれない。そういう無駄は好きじゃない。


「どうせあるんだろ。なんか、理由が」

「いや、……俺は別に」


 明らかに目を泳がせる長谷。面倒になって、露骨にため息をつく。


「さっさと言え。面倒くさいから」

「……戸村さ、古河さんと仲良いだろ?」


「まあ、それなりに。狙ってんのかよ」

「うっ」


 そういうことらしい。ふうん。ぐらいにしか思わなかった。

 こいつの嫌いな食べ物……なんかあったっけ。思い出せないや。


「狙ってるっていうか、この間紹介されたっていうか」

「…………」


 理解。

 トマト嫌いはお前だったのか。


「で?」


 古河は脈なしだったけど、こっちはありありなわけか。はー。これだから見た目のいい天然女子は。


 俺だから落ちてないだけで、あんなん普通の男だったら秒で惚れるからな? 特にいろいろハッスル全開の大学生。古河の笑顔見たら「これはいけそう!」って思っちゃうから。そんなことないから。あいつ、笑ってるのデフォルトだから。


「それとなく好みの男とか、行きたい場所を教えてほしいってか」

「美食家と一緒に一流ホテルの食べ放題とか好きそうだけど」


 目キラッキラ輝かせてついてきそう。今度誘ってみようかな。宝くじ五億円くらい当たったらネ。


「大学生に実現できるやつで頼む」

「古河、お前のこと興味ないって言ってたぞ」


「え……」


 口をぱっくり開ける長谷。


「な、なんで?」

「トマト嫌いだから」


「そ、それだけ……?」

「お前にとってはそれだけでも、あいつにとっては十分な理由だ」


 食堂の隅っこで買ったパンを放り込んで、席を立つ。


「以上。もういいだろ」

「ちょっ――待てよ戸村」


「なに」

「お前さ、……やっぱり、怒ってるのか?」


「怒る? なにを?」


 即答すると、長谷は言葉に詰まった。求めていた答を得られなかったような、戸惑い。そして困ったときによくする半笑い。


「ほら、あのグループのことだよ。……なんつーか、けっこう戸村のこと蔑ろにしたっつーか」

「いや別に。怒るほど興味ないし」


 けろっと告げる。

 そうなのだ。俺は別に、こいつらのことを怒っているわけじゃない。そんな感情はもう、どこかへ消えてしまった。


「最初はあった気がするけど、ま、俺も悪かったしな。いまさら追及してもしゃーないだろ」


 大人になろうぜってことなのかもしれない。

 あるいは、大人っぽく振る舞おうぜみたいな。


「だから忘れようぜ。罪悪感とか、重いし。早いとこ忘れてくれ」


 ダメだったものはダメ。腐った食べ物をゴミ箱に捨てるように。遊び終わったおもちゃを粗大ゴミに出すように。色褪せた写真を、そっとアルバムから取り出すように。

 背を向けて歩きだした。


 なんてつまらない日常だ。なんてつまらない結末だ。

 笑えねえ笑えねえ。


 だから俺は、笑ってみる。


「さあて、今日の晩飯はなにかね、っと」


 足取りは軽い。心も軽い。

 だけどのこの軽さが、なにも持たない空虚さと引き換えであることを、俺は知っていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] そもそも、食べ物を腐らせてしまったら古河さんが怒りそうだ。 ダメになる前に何とかする、というのが有るべきやり方なんだろうけれどなあ。まあ、なかなか難しい。
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