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人生に疲れた俺は、シェアハウスにラブコメを求めない  作者: 城野白
春 3章 腹ペコJDはわかりたい
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5話 広大な世界の、ちっぽけな世間で

 夕食後のダイニングは、俺と七瀬さんの勉強場所になることが多い。


 一緒に勉強を始めてから、一ヶ月と半分ほどが経過。数学は図形を後回しにして、一次関数に突入。ペースでいえば、かなり順調と言えた。

 英語は単語を中心にして、すれ違いざまにテストをふっかけたり。毎日少しずつ覚えてもらっている。


「勤勉な生徒を持つと、教える側は楽でいいなぁ」

「またそんなこと言って。先輩、楽してないじゃないですか」


「いや、そうじゃなくってさ」


 俺のやることといえば、「ここやっといてね。わからなかったら聞いてね」というのがほとんどで、大部分は彼女に任せられている。

 新しい単元は説明するし、質問があれば答えるけど。


 どうしてこんなに楽なんだろう。

 そう考えて、気がつく。


「あれだ。七瀬さんはわからない部分を理解するのが得意だから」

「わからない部分を理解……? なに言ってるんですか」


 理解できなかったときの目、けっこう冷たくて怖いよね。女子のあれ、なんであんなに怖いんだろ。


「自分がつまずいた場所を言葉にするってこと。だから説明しやすいんだろうなって」


 ただ首を傾げるのと、説明してほしい箇所を伝えてくれるのではまったく違う。


「あとは回答が丁寧だから、思考の過程が読み取りやすい」

「……そうですか。ええっと、他にはあったりしますか? その、継続しようと思うので」


 小さく咳払いして、上目遣い。なにその最強セット。じゃんじゃん答えちゃうよ?

 指を折って数えながら話すと、すっと身を乗り出してくる少女。


「字が綺麗で読みやすいし、だからといって書くスピードも悪くない。ノート作りに執着しないのもいいと思うし、なにより俺の授業を楽しそうに受けてくれる――最後のが、一番嬉しいかな」

「楽しそう。じゃないですよ」


「ならよかった」


 小さく笑うと、七瀬さんも同じようにした。

 あらかじめ決めた勉強の時間が終わると、こんなふうに雑談をする。引きこもりの俺と、ひとりぼっちの彼女には、そういう時間が必要なのだろう。


 もっとも、最近は会話相手が増えてるし、右見ても左見ても濃いしでコミュニケーションは飽和状態なのだが。

 この時間は減らしたいと思わなかった。


「ところでなんですけど、先輩は恋人がほしいと思ったりはしないんですか?」


 古河の話があったからだろう。このタイミングでそれを聞かれるのは、ひどく自然な気がした。


「相変わらず、俺の心は2D小学生に奪われたまんまだなぁ」

「なんて反応すればいいんでしょう。それ」


「聞いたのは七瀬さんだよ」

「そうですけど……本気で言ってるんですか?」


「もちろん」


 もちろん。嘘だ。

 本気の恋なんかしないさ。2Dにも、3Dにも。


 自己嫌悪ではない。他者への絶望でもない。ただ求めていない。それだけだ。

 小学生は可愛いけどね。毎月一定の額が吹き飛ぶくらいには。


「先輩は先輩ですね」

「どういたしまして」


「会話を成立させてください」

「日本語って難しい」


 肩をすくめながら、考えてみる。

 恋愛って結局なんなんだろう、と。


 初恋は経験済みだ。というか人生で二回か三回は恋に落ちた。そのときのことを振り返ると、羞恥心が破裂して爆死しそうになる程度には。

 だけど。

 あれがなんなのかを言葉にするのは、難しい。


 純粋に相手が好きだとか、そういうものだけだったろうか。

 彼女がいないと劣って見えるとか、あの子のことを好きでいなければならないとか、好きに決まっているとか、悪いところ全削除フィルターとか。

 そういった数々の不純物をごちゃ混ぜにして、恋と呼んでいたのではないだろうか。


 だろうか。じゃない。していた。


 今になって思う。あれは偽物だったのだと。

 自分を着飾るために求めていたのであって、それ以上ではなかった。


 人は一人では生きていけない。それは事実だ。

 だけど、人は一人で立てないといけない。

 生きることはできなくとも、立つくらいはしないといけない。


 せめてそれができるまでは、俺は。

 人を好きになる権利すら、主張したくない。







 ところでところで。

 長谷伸也という男を覚えているだろうか。


 俺ですら記憶の最果てに流していた名前だ。今年に入ってからは、会話はおろか顔すら合わせていない。

 だが、完全に忘れたわけじゃない。


 去年――一年生の頃は、よく一緒にいたやつだから。


 かつて俺がいたグループの一人。今はどうしているのか知らないし、興味もないのだが。

 関わる気がなくとも、引き合わされるタイミングというのはあるみたいで。


 なにを言いたいかというと、

 古河にバイト友達が紹介した男は、長谷だったのだ。


 そして長谷は俺と面識があり、さらに言えば俺は古河とシェアハウスをしている。

 二人の間に挟まった俺。Q.E.D.されちゃいそうな位置関係。ドキドキするね。


「なんて、笑えねえなぁ。…………あーあ。だるいことになってきた」


 世間がもっと広ければよかったのにな、と思う。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 非常に些細だけれど、最後の段 「古川に紹介された」は「古川が紹介された」のほうが判りやすいかな… 最初読んだとき古川が紹介したのか、と思ってしまった。 [一言] 最初、彼女がいたのにな…
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