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人生に疲れた俺は、シェアハウスにラブコメを求めない  作者: 城野白
春 3章 腹ペコJDはわかりたい
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4話 古河水希の最低条件

 二人が作ってくれたチャーハンは美味しかった。俺じゃあ絶対に作れないし、スーパーの冷凍食品レベルも超えている。

 だというのに、なぜだろう。


 なにかが足りないような気がしてしまうのだ。それはきっと、調味料一つで埋まるような僅かな差。だが、三人とも感じ取ってしまうほどの差だ。


 これは……あれだな。

 万が一にでも古河に彼氏ができたら困るやつだ。一度美味いものを知ってしまうと、昔には戻れない。


「うん」

「ですね」

「うむ」


 言葉には出さず、しかし全員が同じように頷く。この連帯感、必要に迫られてる感じがするな。


「たぶん大丈夫だとは思うけど、もし今日いい感じになったら……どうしようか」


 なぜこの間の俺は古河の背中を押してしまったんだろう。

 こんな味覚にされていると気がついていたら、「宮野さんがいるじゃないか!」とか言って引き留めていたのに。


「こうなったらトム先輩を生け贄に捧げて――」

「そんなのダメです!」


「じょ、冗談だよ。あはは」


 七瀬さんからのお怒りに戸惑いつつ、視線はがっつり俺に向けてくる。おいお前。お前なんとかしろよお前。みたいな意志をビシバシ感じます。

 まあでも、仮に古河に彼氏ができたら。まず真っ先に関係を変えるべきは俺だろう。


 高校生と中学生の二人とは違って、彼女は大学生だ。同じ年代の二人が一つ屋根の下。普通の人からすれば、いつ間違いが起こってもおかしくはない。

 たとえ本人たちに、その意志がないとしても。


 俺か、古河か。どちらかがここから去ることになるだろう。

 そしてそのときが来たら、俺は迷うことなく――


「たっだいまー。あれ? なんで三人で集まってるの?」


 話し合いに集中しすぎて、本人が入ってくるまで気がつかなかった。


「み、水希さん。その、お帰りなさい」

「あ、……お帰りなさいです」

「うんうん。ただいま。ところで、このいい匂いはなんだ!」


 軽快な足取りでダイニングを越えて、キッチンに入っていく。さすがはクッキングマスター。なにがあろうとスタンスがブレない。


「七瀬さんと宮野さんが作ってくれたんだよ」

「へえ。戸村くんは?」


「その様子を見守ってた」


 なにもしなくても、オブラートに包めばほら。保護者としての責任を負って、そこそこ苦労した感が出てくる。出てきてないか?


「いいなぁ。私も二人の料理食べたかった」

「水希さんは食べてきたのだろう?」


「別腹だよ」


 なにあの子頼もしすぎる。甘い物じゃなくても特殊スキルが発動されるとか、半ばフードファイターじゃん。

 念のため言っておくが、古河はちっとも太っていない。あれだけ食べることが好きで、綺麗な体型を維持しているのだからすごいと思う。


「だが……水希さんのようにはいかなくてな」

「そうなの?」


 宮野さんは苦笑い。味付けの大半は彼女がしたらしい。


「というか、その、殿方とはどうだったのだ?」

「あ~…………」


 その話題を振られた瞬間に、視線をふらふらさせる古河。

 ――え? なにその反応。


「どうだったんですか!」


 前のめりになる七瀬さん。宮野さんも驚くべき速度で瞬きしている。

 やっぱり女子って恋バナが好きなのかね。さて、じゃあお茶淹れるから真広おじさんにも聞かせてごらん?


 昼ご飯の片付けをして(洗い物は俺がやりました)、ダイニングのテーブルに集合。

 なによなによと入ってきたマヤさんも合流。


「ええっと、別にそんな大したことはなかったよ?」


 その中心で困った顔をしている古河。そういう表情は珍しい。いつもはけろっとしているのに。

 そんなことを考えながら、飲み物を準備する。


「真広。コーヒーで砂糖は小さいスプーン二杯ね」

「トム先輩、ボクはルイボスで」

「戸村くん。ミルクティーちょうだい」


「…………ハイ」


 お前ら注文揃えやがれ!


 なんで全員が全員バラバラなの? 統一しないと俺が大変だなとか考えない? 考えないですよね! はい、解散!


「先輩。なにかしましょうか?」

「君は心のオアシスだ」


 男女比1:4という異常空間において、ただ一人手伝おうとしてくれる。

 七瀬さんしか勝たんよ。ここ、テストに出ます。


 教え子さんの協力もあって、準備が整う。俺と七瀬さんはルイボスティー。

 あらためて全員が碇パパみたいな手の組み方をして、古河を見つめる。


「「「「で?」」」」

「ええっと……ですね」


「「「「うん」」」」

「ランチをね。食べに行ったんだけど、そこのスープがトマトスープで……」


「ちょっと待った」


 思わずストップをかけてしまった。

 なに? と顔を上げる古河。


「食レポが始まるわけじゃないんだよな?」

「スープはすっごく美味しかったよ。気になる?」


「気になるけど、ごめん。とりあえず続けてくれ」

「そう。でね、そのスープに使われてるトマトが苦手だったらしくてね」


 彼女の話すトーンはどこかふわふわしているので、聞いている側も緊張が抜けてくる。

 そのままふわっと言葉を受け止めて、頭で考えて、少しして。


「ん?」


 首を傾げる。


「え、うん。トマトが苦手だったのか。誰が?」

「紹介された人がね」


「あ、そうだったのか。それは残念だったな」

「うん。残念だったよ」


 ふぅっと息をついて、ミルクティーを口にする古河。コップを置いて小さくため息。


「終わり?」


 もしかしてそれが原因で上手くいかなかったんですか?


「うん。やっぱり、好き嫌いはしない人がいいかなぁって」


 お相手の敗因、トマト嫌い。まじかよ。

 それを聞いてぱたっと机に突っ伏す宮野さん。七瀬さんは苦笑い。


 予想通り過ぎて予想外というか、なんというか。


「心配して損した」


 宮野さんがぼそっと言った言葉が、俺たちのすべてを表現していた。


「水希。今日の晩ご飯なに?」


 一人だけケロッとした様子のマヤさんが聞くと、我が家のシェフは満面の笑み。


「ハヤシライス!」


 ま、トマトは必要よな。

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― 新着の感想 ―
[一言] 彼はもう、その一点で受け入れられているのか。 まあ、最大の趣味が相手に合うか、というのは大事なのかもしれない。
[一言] 自分は生トマトはダメ、火を通したトマトは大好きな口だけど 相手の男は両方ダメだったのかな
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