3話 贅沢者
俺が言うレベルの料理は『食べられる』ことを基準にしている。だから基本的に、肉と野菜に火を通して、雑な味付けをして終了。レシピを開くこともなければ、調味料を買い足すこともない。
俺の世界線で最強の味付けは塩こしょうだ。
元々、そこまで食へのこだわりがあるほうじゃない。美味しい物を食べれば嬉しいが、それは必須ではない。だから自分で作るときは手を抜くし、味は二の次になってしまう。
という話をしたら、
「じゃあなんで料理しようとか言い出したんですか。もしかしてふざけてます?」
と怒られた。現役JCってストレートに言葉で殴ってくるよね。
「一番の足手まといはトム先輩かもしれないな」
かと思ったらJKの方が威力があった。これが成長ってやつか。泣いていいですか?
いやちょっと出来心というか。今回はレシピ見ようと思ってたよ?
「先輩は座っていてください」
「うむ。師匠を働かせるわけにはいかない」
「……うっす」
バキバキに心を折られた後で待機を命じられた。ダイニングで座って、ぼんやりとキッチンを眺める。うん。保護者的なポジションだと思えばいいかな。
「二人は料理とかできるほう?」
「私は、必要だったので」
「ああ。そっか」
家に両親がいなかったから。自分で作るようになったのだろう。
寂しげに言った七瀬さんに申し訳なくなっていると、ぱっと顔を上げて笑ってくれた。
「大丈夫です。今は一人じゃないので」
「よかったよ。それで、宮野さんは?」
「ハーれ…………おほん。料理ができると人気者になれると聞いたのでな」
「言い直しても本質的に同義なんだよなぁ」
「そうなのか?」
「うん」
「日本語とは難解なものだな」
さほど気にしたふうでもなく、視線を手元に落とす。野菜を洗っているらしい。水の流れる音が聞こえる。
よく考えれば、俺の出番は最初からなかったのかもしれない。
七瀬さんは言わずもがな、宮野さんも基本的にスペックは高いのだ。基本的に。特定部分が著しく欠落しているだけであって。
トントンとリズムよく鳴る包丁の音。
真剣に言葉を交わしながら行程を進める二人は、どこか姉妹のようであった。
それを見守る俺はなんだろう。
義理の兄?
なにそのやらしいポジション。
保護者くらいがちょうどいい。何事もなく、ただここにいられれば。それで。
穏やかなこの時間が特別だと、そう思うから。
結局、火を使うのは宮野さんになったらしい。下準備を終えた七瀬さんが、キッチンからこっちへやってくる。
「お疲れさま」
「お待たせしてます」
「皮肉?」
「そ、そんなんじゃないですよ……!」
「知ってるよ」
肩をすくめて笑うと、七瀬さんはむすっと頬を膨らませる。
「先輩は意地悪ですよね」
「どういたしまして」
「感謝してないですよ!」
けらけら笑っていると、やがて宮野さんが声を掛けてくる。
「完成した」
「おっ」
「ボクと柚子くん。二人分の愛情が入っているぞ」
「あ、愛情って! 込めて、ないわけじゃないですけど……! でも、そういうのじゃないですから! でもでも、美味しいって言ってくださいね」
「そうだぞトム先輩。存分に味わってほしい」
「……まあ、うん。ありがとう」
爽やかにお礼を言えばいいのだろうか。俺のキャラで。ないな。絶対にない。俺がそういうことをするときは下心があるときだ。俺はそういうやつである。実に汚い。
じゃあより素直にげへげへ喜べばいいの? キモくない?
まったく。そういうのは心の中だけに留めておくべきである。げへげへ。
調理の音と匂いでわかったが、作ってくれたのはチャーハンらしい。いいよなチャーハン。俺も好き。
三人ぶんの皿を並べて、マヤさんのぶんは取っておいて席に着く。
「「「いただきます」」」
手を合わせて一口。
最初に小さく笑ったのは、七瀬さんだった。つられるように宮野さんも笑う。
二人の視線を受けて、俺も小さく肩をすくめた。
「水希さんはすごいな」
「ですね」
「な」
知らない間に、俺たちの舌は贅沢者になっていたらしい。




