12話 戸村真広のHPゲージ
というわけで……順位確定。
一位:七瀬さん 二位:マヤさん 三位:古河 四位:宮野さん 五位:俺
画面には結果が華々しく表示されていて、それぞれがそれぞれの表情で見つめている。
「俺は楽しかったけど、みんなはどうだった?」
問いを投げると、視線が七瀬さんに集まる。この中で一番小さな少女はやや戸惑ったふうだが、すぐに破顔した。
「楽しかったですよ。ありがとうございました」
「よかった。マヤさんは?」
「悔しいわね」
「二位でしょ。満足してくださいよ」
「私は満足だよ。こういうのも楽しいんだね」
「たまにはな」
親指を立てる古河に、肩をすくめて笑いかける。
「それで、……宮野さんは?」
「ボクは………………ボクは、…………」
眼鏡の奥の瞳は、ぐっとなにかの感情を押し殺しているようだ。こうやって関わりたい人と関わって、なにか感じてくれただろうか。
誰かと関わること。それ自体は、別に難しいことじゃない。
声を掛ければ応じてくれる。接すれば返事はある。
続けることは難しいと思うけれど、はじめることは容易だ。ほんの少しの勇気があればいい。
……俺は、まあな。そんなこと言えた立場じゃないかもしれないけどさ。
「ボクは…………六風堂のゼリーが食べられないのだろうか!」
「はぁ?」
呆けた声が出てしまった。
なに言ってんのこの子。
「いやだってそうだろう! 三位までしかゼリーはない。ボクは四位だ。ギリギリボーダーの下。トム先輩!」
「あー、うん。そうだな」
「なぜ、なぜ……うぅぁぁっ」
頭を抱えて、小さく呻き声。苦しいか少女よ。これが社会だ。これが戦いだ。ゲームをゲームだと思って臨んだお前の甘さが敗因だ。(最下位より)
――と、なるわけもなく。
「悠くん悠くん。私のちょっとあげるよ」
「水希さん!?」
「こっちもいいわよ。甘いものは少しでいい派だから」
「マヤさん!」
ベッタベタに甘やかされるわけだ。
そりゃそうだわな。あの二人からすれば、女子高生だって年下。可愛い妹分みたいなもんだ。
「どれ。じゃあ配るから、順番に受け取って」
袋を五つ取り出して渡していく。
そんなにお金をかけたわけじゃないけど、お菓子だったりお茶が入っている。あとはちょっといいティッシュとか。
そこそこ喜んでくれれば、それでいい。
「先輩先輩」
「ん? どうした。異物混入か」
七瀬さんは目を丸くして、くすっと笑う。小さく首を振って、それからやや視線を落とす。
「してませんよ。……ええっとですね、その、実は先輩って最下位だったじゃないですか」
「傷口を抉りにきてる?」
「そんなことしません!」
ばっと顔をあげる。七瀬さんは、顔を真っ赤にしていた。
「わ、私のゼリーを、と、特別にちょっとわけてあげましょうか……?」
最初は勢いよく。だがどんどん勢いを失って、最後には囁くような声になる。
その姿に、思わず笑ってしまった。胸が温かくなって、自然に唇が綻んで、小さく首を横に振った。
「ありがとう。けど、俺はいいよ。味見って言って食べてるし」
「「「「ええっ!?」」」」
嘘だけど。
びっくりした顔の彼女たちを見ていると、ますます笑えてきた。
「大人はずるいんですよ」
「真広ぉ。あんたも子供のくせに」
「じゃあ、悪ガキのつまみ食いってことで」
適当な冗談を舌の上で転がして、ゲーム機を片付ける。
「それじゃ、今日はこのへんで。みんなお疲れさま」
リビングを後にして、自分の部屋へ。
ゲーム機を置いて、再びセットすることなくベッドに倒れ込んだ。
枕に突っ伏した顔が重たい。眠たいわけじゃないけど、動けそうにない。肉体の疲労とは別種の、精神の疲れ。
楽しかったけど……限界みたいだ。
◆
「戸村くん。この後のご飯は――」
去って行く真広の背中にかけようとした声を、マヤが手で止める。
「ちょっと疲れてるんでしょ。取っておいてあげられる?」
「え、……うん。マヤちゃんが言うなら」
不思議そうにする少女たちの中心で、マヤは小さく吐息をこぼす。
――俺、人と関わりすぎると疲れちゃうんですよね。
入居前、何度か真広と話をした。女性ばかりのシェアハウスに招く。ということで、より深く彼のことを理解しておきたいと思ったからだ。
真広は今と同じように、どことなく無感動で妙に穏やかな表情をしていた。
なにかを諦めた人特有の、空っぽで虚ろな微笑み。
「楽しいこともストレスになる。あの子はきっと、人一倍そういう体質なのよ。だから、そっとしておいてあげて」
この家には、なにかを抱えた人が集まる。明るく振る舞っても、強がっていても、あるいは爽やかに前を向いていても。
そして、痛みなんて感じていないように佇んでいても。
誰もがどこかに安らぎを求めている。
そういう人が安心できる場所に、この家がなればいいと思う。
「元気になったら、みんなでお礼を言いましょ。わかった?」