11話 初詣の“差”だよね
俺とマヤさんの一騎打ちになるかと思われた戦況は、しかしダークホースの出現によって三つ巴になった。
「……こいつ、知識が深いっ」
「やるわね水希。まさかここまでとは」
このゲームは単純なすごろくではない。
ボードゲームとは一線を画すシステム――資産購入。
各都市の特産品を作る会社を購入し、そこから生み出される利益は決算の際に収益として加算される。最終的な所持金を上げるには、効率よく所持金を使うことも大切なのである。
まさに社会の縮図、お金の教科書。
そして古河水希は、そのシステムを最大限に活用していた。普段は食事のことばかりで、知性の片鱗も覗かせないが。彼女も理系大学生。
リスクを抑えつつ、最大限にリターンを得られるようなお金の使い方をしている。
「ふふっ。全国の美味しそうな場所の価格と、利率は頭に入れておいたからね」
しれっと恐ろしいことを言いやがった。どんだけ記憶力いいんだよ。
百じゃ収まらない膨大な知識を、この短期間に。
一方マヤさんも古参プレイヤーとして、襲来する数々の理不尽イベントを丁寧にいなしていた。
折り返しの三年目。
ついに俺の元に、疫病神がやってくる。
「くっくっく。辛かろう! 苦しかろう!」
「そうだなぁ。ところでさ、ここまで移動系カードは温存してきたんだよね。なんでだと思う?」
「「「「ひっっっ」」」」
一斉に後ずさる女性陣。七瀬さんもここまでのプレーで、疫病神の恐ろしさに気がついたらしい。顔がマジで怯えている。
疫病神は、なすりつけることができる。
〇〇菌だぞー。みたいな、ああいうイメージ。バリアは効きません。
移動系カード。発動すれば、数ターンの間サイコロを増やしたり、ランダムで遠くに移動したり。とにかくこの状況では猛威を振るう。
「先輩、先輩、お願いします」
「トム先輩、やはり女の敵!」
「戸村くんはわかってるよね? 胃袋に従ってね」
「真広。家賃」
最後の二人がえげつねえな。
「だが、俺には効かない」
やっぱり人って年を重ねるごとに邪悪になっていくのかしら。やはり小学生は正義。
カチカチとコントローラーを操作し、全員の情報を頭に入れる。
狙うのはマヤさんか古河。正直に言えばどっちでもいいが……。
マヤさんにぶつけたほうがいいな。古河がゲーム嫌いになったら、元も子もない。
マヤさんは大丈夫でしょ(無慈悲)。
「受け取ってください――これが俺の想いです!」
「真広ぉおおおお!」
このシェアハウスで年齢トップツーが、くっだらねえ叫び声を上げる。七瀬さんの「うっわぁ」みたいな視線ももう慣れた。落ち着きすら感じる。
疫病神をなすりつける鬼ごっこが始まると、ようやく本当にゲームスタートって感じだ。
◇
混沌の三年目から、全員が疫病神を経験するという地獄の四年目を過ぎ、最終局面。五年目。
いい感じに被害が回って、順位はほぼ横並び。
僅かなリードで一位にいる古河は、リスクの少ない行動を増やす。マヤさんは貪欲に目的地を狙い、七瀬さんと宮野さんは普通にゲームを楽しむ。
……普通にゲームを楽しんでる二人が優勝でよくないか? ダメ? ビリじゃダメですか?
俺はなんかこう、適当に。いい感じにやってます。
ただ結局、最後は運ゲーみたいなところがあるからさ。五年目で横並びなら、できることはお祈りしかない。
そういえば今年、初詣行ったっけ? まずい。ゲームしかやってねえ!
圧倒的な危機感。それをきっかけになだれ込んでくる悲劇、落ちていく順位。
「うぁっ……もうだめだこれ」
残り二ターンのところで、順位は最下位。手持ちのカードなし。目的地は遠い。疫病神とは大親友。彼女のツレを紹介してくれ。
はい。詰みました。
「ふははは。ここでトム先輩が脱落か。…………その、大丈夫か?」
「優しいかよ」
さっきまでは俺が勝ち気味だったからぐいぐいきたが、いざ敗北確定になると気遣ってくれる。よけい心にくるわ。
「トム先輩泣かない?」
「俺のことなんだと思ってんだ」
「ゲーム好き大学生」
「紹介が箇条書きより雑」
できるだけ勝ちは狙うが、負けるときは潔く負ける。そうしないと空気悪くなるじゃん。
やっぱり大人が率先してそういう空気にしたいよね。ねえマヤさん。
「勝ち筋は……」
ダメだあの人。俺がちゃんとしないと。
ということで、先に一人見守りの姿勢に入る。
最後のターン。
一位から順番に、古河、宮野さん、マヤさん、七瀬さん、俺。
最初にマヤさんがゴールを決め、ボーナスで一位に躍り出る。だが、決算が来れば古河が逆転するだろう。
古河はそれを知ってか、安全にターンを終わらせる。
宮野さんも無難に所持金を増やし、順位をキープ。
七瀬さんと俺のビリワンツーで終わりそうだな。
言い出しっぺの法則とかよく言うけど、主催者って呪われてるのかね。それとも、初詣行ってないのが響いたか。
このままいけば、順位は変わらない。
そのはずだった。
「これ、なんでしょう」
だが、無垢な目をした少女はカードを使う。
邪な願望もなく、純粋な好奇心で。
どんな現象が起こるかわからない、最後の最後で奇跡を起こしうるカードを。
画面がきらきら光って、効果が発表される。
『「なな社長」と「みずき課長」の所持金を交換~』
しばしの静寂。
「「え!?」」
古河と七瀬さんが同時に目を見開いて、残りの三人は呆然と眺める。
結果発表。
一位:なな社長
なんじゃそら。