10話 一貫性
ルーレットの結果、サイコロを振る順番はマヤさん→古河→宮野さん→七瀬さん→俺。という流れになった。
スタートは東京で、サイコロを振ったマスだけ進む。ゴールへ向けて進んでいくのだが、最短ルートを使えばいいというものでもない。
どのマスにも特徴があって、所持金が増えるマス、減るマス、カードがもらえるマス、資産を購入できるマス。基本的にはこの4種類でできている。
「見てなさいよこの心眼……目押し!」
気合い十分。ころころ転がったサイコロは、2の目でぴたりと止まる。
すっと音もなく移動するマヤさんのキャラクター。そのまま何事もなかったようにコントローラーも回る。
……大人がそういうミスするとツッコミづらいんだよな。
マヤさんの次が古河でよかったと心底思う。案の定彼女は特に気にしたふうでもなく、淡々とサイコロを振る。4。
「やった、マヤちゃんに勝った」
「ふん。ほんの一ターンの天下よ」
一切の悪意なく煽りに行く古河と、子供みたいに乗るマヤさん。
宮野さんは6を出すが、赤マス回避のために遠回りのルートへ逸れる。
「せ、先輩。これってどのボタンを押せばいいんですか?」
「ん。ここ。基本的に左のスティックとABボタンしかいらないよ」
なるほどと頷いて、Aボタンをぽちり。回り始めるサイコロ。
「先輩。これってもう一回ボタンを押せばいいんですか!?」
「押してごらん」
転がったサイコロは4の目を示す。
「先輩。どこに行きましょう」
「古河と同じところでいいと思うよ」
こくこくと頷いて、キャラクターを進める七瀬さん。ツインテールがぴょこぴょこ揺れて、満足そうに笑う。
「できました!」
「上手い上手い」
可愛い可愛い。やばい。俺の教え子が可愛い。
これは真剣勝負だが、仕方がないな。初めてだから数ターンはアドバイスしよう。
……本当はそれ、宮野さんがやりたいことだったかな。
ちらっと視線を向ける。
「ねえねえ悠くん。この後はどうやって進めばいいかな」
「え、あ、……ふっ。安心して水希さん。ボクが貴方のガイドになるよ」
なんかやってた。ふっ、じゃねえよ。
板についた美男子ムーブで、大層爽やかに道案内をしている。ルートを把握しているあたり、相当本気で準備したな?
その奥ではマヤさんが画面を睨みながら、「三年後からは怪獣の確率があって……資産の保険にもターンを割かないといけないから…………」ぶつぶつとイベントへの準備を進めていた。戦い方がガチ勢のそれだ。
そんな中で俺もコントローラーを受け取って、しれっと進める。
ターンは一巡し、再びマヤさんのところへ。
各々の思惑が交錯する盤面は、着々と進行していく。
これは俺の持論なのだが、どんなゲームにも自分のスタンスを持って挑んだほうがいい。
RPGだったらパーティーの生存能力を高くするとか、デバフ中心の編成にするとか、ダメージは物理で稼ぐか魔法で稼ぐかとか。そういう部分を、決めておく。
そうすれば行動には一貫性が生まれ、自然と勝利が近づく。
以上のことを踏まえ、今回のスタンスは一位を狙い続けること。
狙い続けるというのは、一位になることではない。一位にならないことだ。それでいて、常に射程圏内に収まるよう立ち回る。
最初の目的地に到着したのは、マヤさんだった。
「まずは第一歩ね」
最初の一歩。そうだ。まだ戦いは始まったばかり。このゲームは最初に決めた期間が終わるまで、永遠に目的地を目指し続ける。ゴールしたら、それと同時に別の目的地が設定される。
そして――
ゴールから最も遠かったプレイヤーの元にはやつがやってくる。
「くっ……ボクとしたことが」
オークに囚われてそうな声を出したのは宮野さんで、唇を噛んで苦い顔。
彼女の操作するキャラクターには、ドス黒い瘴気のようなものが纏わり付いていた。
疫病神。
このゲームにおけるデバフのようなもので、毎ターンなにかしらの不幸を届けに来る。いかに疫病神を避けるか、というのが勝つためには大切だ。
「先輩、あれってなんですか?」
「俺たちには救えないものかな。宮野さんには近づいちゃだめだよ」
「その言い方には悪意がないだろうか!?」
くっ……覚えていろよ。と捨て台詞を吐いて、次のターンへと移行していく。
どんどん女騎士っぽくなってるな。女子の気持ちがわかってきて、いい傾向だと……思うぞ? たぶん。女騎士が普通の女子かは知らんけど。
「悠くん、大変そうだね」
「ああそうなんだ。水希さん、だからちょっとこっちに来てはくれないだろうか?」
「あ、移動系のカードだ。使おっと」
「逃げないでえええ!」
あそこの二人はけっこう相性がいいのかもしれない。古河のボケが強すぎて、否応なく宮野さんがツッコミに回っている。
見ていて面白いので、今後も仲良くやってほしい。
そして俺とは対角にいるマヤさんは、時折こっちを見て不敵に笑む。どうやら、さっきまでのターンで俺を警戒すると決めたらしい。
真っ直ぐにゴールを目指さず、かといってビリにはならないように動き、逆転のためのカードを整える。それが俺の選んだやり方だった。
視線だけで、俺たちは火花を散らす。大学生と大人。こんだけバチッといてワンツーフィニッシュじゃなかったら恥ずかしい。
そんな状況にありながらも、ただ一人純粋にゲームを楽しむ七瀬さん。
「あ、なんですかこのサンタみたいなおじさん。わっ、お金くれましたけど……いいんですか? 見返りとか求めてこないですよね?」
純粋に……純粋に…………楽しんでるよね?
なんだろう。この子はこの子で、けっこう捻くれてるよなと思います。




