8話 悪い大人
大学の帰りに電気屋に寄って、目的の品を購入する。金銭的な余裕は、七瀬さんの講師になったことで生まれた。ちょっと本人には言えない額を受け取っているので、面と向かって言うことはないが。
古河から頼まれていた買い物を済ませて、マヤさんにメールを送る。
あとの問題は、ちゃんと全員集まるかどうか――
◇
「ゲーム大会……ですか?」
俺からの提案に、七瀬さんは怪訝な表情をする。
「そう。今度の土曜日にやりたいんだけど、どうかな」
「あんまり得意じゃないですけど」
「すごろくみたいなのだから、得意不得意は影響しないと思うよ」
「そうなんですか?」
「うん。強制ってわけじゃないけど、一緒にできたら嬉しいよ」
「そ、……そうですね。どうしてもって言うなら……いいですけど」
「いや、どうしてもとは言えないかな」
「行きますってば! わかってますよね!?」
お決まりのやり取りをしてから、手をぐっと握って、力強く頷いてくれる。
一人目、確保。
――――
古河を誘う手段は、一番頭を悩ませた。なんだかんだ、あいつの趣味とかわからないし。飯? 全部飯なのかな? だとしたら、ゲームへの興味は皆無だろう。
だからこそ、ゲーム大会なのだ。
「土曜日に景品つきでゲームやりたいんだけど、一緒にどうだ?」
景品で釣る。これしかない。
「うーん。私、ゲームやらないからなぁ」
「三位以上なら六風堂のフルーツゼリー」
「将来の夢はプロゲーマーです!」
めちゃくちゃ簡単に引き込めた。
――――
マヤさんからの返信は、1時間後に返ってきた。
『「たろ鉄」で勝負しようなんていい度胸ね。蹂躙してあげる』
とのことだった。好きなゲームだったらしい。
マヤさんに関しては、シェアハウスを開くくらいだから参加してくれると踏んでいたが。ここまで積極的だとは思わなかった。嬉しい誤算だ。
◇
想像よりもずっと順調に四人の参加者を集め、最後の一人を誘うためにドアをノックする。
「戸村です」
「ああ……トム先輩か。少し待ってくれ。今、靴下を脱ぐから」
「なんの報告? なんのアピールなのそれ?」
「喜ぶかなと思って」
「喜ぶか! どんな変態を想定してるんだよ!」
ひどい風評被害だ。そんなものがポリスメンに伝わったら一発でお縄になってしまう。事実無根とか関係なく。
まったく。ふざけるにしてもたちが悪い。
だが、ドアの向こうから返ってきたのはしゅんとした声だった。
「そうか……そうだな。ボクでは喜ばないよな」
きぃっと寂しげな音を立てて開く扉。中から出てきた短めのボブカットは、赤いリボンを結んだり、カチューシャをのっけたり、編み込んだり……お祭りのようになっていた。
ついでに顔も、濃すぎるファンデーションと口裂け女のような口紅、長すぎるつけまつげ……うん。最近の女子高生ではこれが流行ってるのかな。
「変だろう?」
「まあ、ビックリはした。どうしたんだ」
「女の子ごっこ。とでも言えばいいだろうか」
「と、言うと?」
顔を上げた宮野さんは唇を尖らせて、両手で髪の毛を掴むとツインテールのようにぴょこっと分ける。長さが足りていないけど。
「形から入ればなにかわかるかと思ったのだ」
「ほう。結果は?」
「なにもわからなかった……」
ちょっと見ない間に大いに迷走しているようだ。
「そっか。ところで、土曜日にみんなでゲームしないか?」
「みんな? みんなとは、オンライン上に存在する顔も名前も知らぬ『みんな』か?」
「そんな切ない『みんな』じゃねえよ。この家にいる五人」
こてっと首を横に倒す宮野さん。ふぁさっと落ちるリボン。
しばしの沈黙があって、瞳に輝きが戻っていく。最初にあったときのような、自信に満ちた表情になって――
「ゲームで仲良し作戦か! さすがは我が師匠、素晴らしいことを思いつく!」
拳を強く握りしめて、高らかに笑い声を上げる。
「ふははっ。そうだ! 今までは単純にチャンスがなかったのだ。そのチャンスがあれば、彼女たちとと、とも……ともだ……ハーレムにできる!」
「なんで友達のが精神的ハードル高いんだよ」
小さく呟くが、当の本人には聞こえていないらしい。
既に勝ち誇ったような顔で、「では、ボクは心の準備をするので!」と部屋に戻ってしまった。
来てくれるならいいか。
これで五人全員参加、と。
しかし……仲良し作戦ね。
「ふっふっふ」
甘い。甘いぞ宮野悠奈。お前はまだ戸村真広という人間の底意地の悪さを理解していない。そんな甘っちょろいゲームを用意するわけがないだろう。
マヤさんは理解しているようだが、「たろ鉄」とは日本全国を移動しながら行うすごろくゲーム。最終的な所持金の量で決着がつく、奪い奪われのゲームである。協力などというものは存在しない。
だが、それでいい。