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人生に疲れた俺は、シェアハウスにラブコメを求めない  作者: 城野白
春 2章 秀才JKは攻略したい
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7話 気に入っている

 宮野さんはふっと力を抜く。抱えた重荷を下ろすように、ほんの一瞬。だが確かに、影を落とす瞳。


「面白い話でもないから、詳しく言うつもりはないが。そういうことなのだ。ボクにとっては、女子と話すことは難しい」

「……そうか」


「ただ安心してほしいのは、恋愛対象は女性ではないのだ。――ああ、これはトム先輩には関係のないことだな」

「まあ、うん」


 どちらでもないってところだろうか。百合宣言をされても、根本的なところでは俺に関係ない。

 紅茶の中から、俺が俺を見つめてくる。その目は無感動で、眠たそうにのっそり瞬きをする。


 向かい合う少女は席を立ち、コップを片付ける。


「すまない。珍しく素で話してしまった」


 爽やかな表情で、洗練された動作で背を向ける。

 だけどもう、その仕草が本物ではないことを俺は知っている。


 ……知っているから、なんだ。なにも変わりゃしないだろう。俺は俺で、宮野さんは宮野さんだ。干渉は必要なだけ。プライバシーは絶対。


 つまり俺のすべきことは無い。

 問われれば道は示したい。だが、深入りするのは違う。


 そうだよな。

 そう思う。

 正しいかどうかは、知らないけれど。







 大学の講義はまばらで、朝からの日もあれば昼からの日もある。小中高に比べて自由度はあるので、工夫すれば午前休を作ることもできる。

 平日の朝から休めるなんて最高だね。大学生。なってよかった。


「夏休みは八月と九月がほとんど全部で、冬休みこそ二週間程度なものの、春休みが二月三月と二ヶ月分ある。もちろんゴールデンウィーク対応の週休二日制。大学生――素晴らしい環境だよ」

「…………」


 透明なグラスに入ったオレンジジュースを飲みながら、七瀬さんがじいっと見つめてくる。テーブルを挟んで、静かなファミレスの中。


 デートじゃないよおまわりさん。ちょっと待っておまわりさん。違うからおまわりさん。あれですよ、血は繋がってないけど一緒に住んでる女の子でおまわりさん! 誘拐じゃないから! 監禁もしてないからね!


 などと心の中でシミュレーションをしつつ、ぼんやり外を眺める。


「休みすぎじゃないですか?」

「まあでも、他の大学生はバイトにサークル、部活に恋愛、酒タバコ、パチンコスロットと忙しいらしいからね」


「急に先輩がちゃんとした人に見えてきました」

「どうだか」


 若さ故の過ちというものは、若くなければ犯せない。間違いを犯すべきだ。とまでは言わないけれど。もっと大人になってから、取り返しのつかない失敗をするよりは――いや。

 十八歳を超えてからの過ちに、取り返しのつくものなんてそうそうない。大学生だから大丈夫なんてのは、都合のいい解釈だ。


 指の間に挟んだシャーペンを踊らせる。


「まあ、俺のことはどうだっていいんだ。問題は七瀬さんの高校受験なわけだが」


 そう。今日の話題は大学生のニートな人生ではない。

 七瀬さんの高校受験についてだ。


「する。ってことでいいんだよね」

「はい」


「わかった。なら、それに合わせて進度を組まないとね」


 紙の上に目標を設定。ひとまず、得点は総合で六割以上を目指す。全教科でだ。口で言うほど簡単なことじゃない。


「テストを定期的にやって……解説は教科ごとに絞って…………理科は要点をまとめたプリントを作るからそれで…………社会は、教科書とテキストで暗記…………英語、英語と数学…………は、一緒にやろうか」


 視線を上げると、ぽーっとこっちを見る七瀬さんと目が合う。

 ぱっちりした目に、幼い顔。愛らしいツインテールと、小さな手。何度か瞬きをするが、口は閉じたまま。


「不安かい?」

「いえ。逆です。……心強いなって」


「光栄だね」

「冗談じゃないですよ。本気で思ってます」


 そう言われて、自然と流すような口調になっていたことに気がつく。


「わかってるよ」

「そうですか。なら、いいんですけど」


 そう言った七瀬さんはどこか不満げだ。そういう表情は珍しくないのだが、相変わらず理由はわからない。

 今日は外で勉強してみたい気分なんです。ダメですか? と聞いてきたのでファミレスに来たのだが。


 やはり難しい。現役女子中学生。ハイパー難易度だ。


 だが、そんな状態も勉強を始めれば一変する。真面目な少女はすぐに集中して、理想的な生徒へと姿を変えるのだ。

 運ばれてきたケーキを食べながら、数学の説明をする。

 十二時になって、昼ご飯を食べて、俺は大学へ行く時間になる。


「それじゃ、また後でね」


 別れようとしたところで、きゅっと袖を掴まれた。

 七瀬さんは肩よりも低い場所にいて、きゅっと口を結んだまま立っている。


「?」

「先輩は、宮野さんのこと……どう思ってますか?」


「面白ヒューマン」

「ふざけてます?」


「いや、これは本気」


 あんなにぶっ飛んだやつはそういない。ちょっと色々あるようだけど、それを差し引いても楽しいやつだと思う。


「でも、どうして宮野さん?」

「二人は仲が良いなと思って――と、とと、嫉妬とかじゃないですからね!? 勘違いされると困ります!」


「…………なんも言ってないけど」


 空いた手をぶんぶん振って、その間にも袖は放さない。器用なことをするなぁ。

 少女は「こほん」と咳払いして、息を整える。


 七瀬さんはいつもこうだな。急にあたふたして、息を整えて、でもまたあたふたする。見ていて飽きないし、友達がいないとも思えない。

 だけど俺たちは、みんながそうだ。


 古河だってあんなに明るいのに、大学で人といるのを見たことはない。

 宮野さんも女子と喋るのは苦手だ。

 マヤさんは……友達、いるのかなぁ。大人の社会はわからない。


 そしておそらくは、俺も。彼女たちから見れば、ぼっちには見えないのだろう……本当にそうかな。わからない。俺だけ特殊ケース? まあいいか。


 誰もが不器用で、見ているのがむず痒い。


「不思議なんです。どうして先輩は、こんなに簡単に人と仲良くなれるのか」

「陽キャだからかなぁ」


「怒りますよ」

「ごめんなさい」


 ちょっとふざけただけなのに。


「宮野さんと仲良くしたいなら、話しかけてみたら? きっと上手くいくよ」

「……はい。あ、そろそろ時間ですよね」


「ん。そうだね」

「ありがとうございました。また後で」


 頭を下げて踵を返し、小走りで去って行く。角の向こうに消えたのを見送ってから、俺も歩き出す。

 すべてを解決する魔法は、どこかにあるのだろうか。あるいは単に俺がもっと――。


「なーんでこんなこと考えてんだろうな」


 頭を掻いて苦笑い。

 人と関わらないでいたから、今の環境にやってきた。その結果がこれだ。関わりの中に、自分で入っていっている。


 本当は一人が寂しかったのか?

 そんなことはない。一人は楽だ。じゃあ、なぜ。


 気に入っているのだと思う。あの場所を、あの場所にいる人たちを。

 だから俺は、彼女たちに笑っていてほしい。


 まあ、なんだ。

 ちょっと動いてみるかね。

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― 新着の感想 ―
[一言] おっ、動きますか^^ 懐に入ってくると大事にしてくれるね、この男(*´ω`*)
[一言] おやおや、ずいぶんポリシーが変わってきたこと。 フラグまで立てちゃってるし/w
感想一覧
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