4話 真広学入門編
現代の戦争は情報戦である。
いかに相手のことを丸裸にし、自らの手札を秘すか。こうすることで彼我の戦力差など容易に覆され、結果として高校生が大学生に大勝するのである。
――と。
ドアの向こう、廊下から宮野さんが言ってくる。彼女には前科があるので、簡単にドアを開けるわけにはいかない。
夜の部屋に男女が二人。どうなるかわかったもんじゃない。俺の身が危険だ。
「だから扉を開けてほしい。トム先輩のすべてを知りたいんだ、ボクは!」
「大学生、趣味はゲーム、たまに読書、あとは散歩。これが俺のすべてだ」
「なるほど……参考にさせていただく。ときに、ゲームとはどんなジャンルを?」
「RPG」
こうやって答えたときの、あーRPGですかぁ。ちょっとわかんないです。的な返答は百パーセントに漸近する。特に最近の子供だと、男女関わらずやっていないらしい。
サバゲーがいいんだってさ、みんな。
「ふむふむ。あまり身近なものではないな。ときに先輩、ハードはなにを使用している?」
「一番はテレビゲームかな」
「了解した。適当に一本買ってみるとしよう」
「ん?」
なにやらおかしな流れになってきたので、ドアを開ける。既に宮野さんは歩き出していて、自室の前にいた。
「なにか?」
「本当に買うのか?」
「幸いなことにハードはあるのだ。今の時代はオンラインでも買えるから便利でいい」
迷いのない瞳だった。
すげー行動力だな。などと、ぼんやり思う。けれどやっぱり、この流れでお金を使わせるのは申し訳ない。なんで俺が罪悪感を覚えているんだろう。
「俺のを貸そうか? ダウンロードに時間かかるし」
「ん。……なるほど、トム先輩は、進んで自らの弱点を晒し出すというのだな。やはり余裕だ。これが大学生」
すーっとこっちに戻ってくるボブヘア。細いフレームの眼鏡は、キリッとした顔立ちによく合っている。発言も合っていたらよかったのにな。
「言ってる意味がちっともわからないんだけど……ほら」
冬休みに買って、一発で俺を沼に引きずり込んだ作品を渡す。少なくとも、つまらないことはないだろう。大変で嫌になるかもしれないが。
「感謝する。いつかこの借りは、ありとあらゆる手段を用いて返そう」
「怖いからいいよ。ちゃんと返ってさえくれば」
「ああ。自慢ではないが、ボクは図書館の返却期限から三日以内には返すのだ」
「ちょっと遅れてんじゃねえか」
「そう慌てるな。クリアしたらすぐに返すさ」
爽やかに笑んで、自室に戻っていく。
見送ってから俺も部屋に戻って、ゲームの続きを始めた。
もうすぐ大学が再開する。それまでに、少しでも進めてしまいたい……。
◇
翌日の昼、リビングに女子高生のゾンビが転がっていた。
寝不足なのだろう。目の上に氷の乗ったタオルを置いて、ソファに倒れ込んでいる。
「その足音は、トム先輩だな……」
「どういう基準で判断したよ」
「ははは……この家の女性陣の足音なら、どんな状況でも聞き分けられる。それ以外がトム先輩というわけさ」
「プロのストーカーじゃん」
「そう褒めてくれるな」
くっくっくと笑いはするが、随分とくたびれている様子だ。
「借りたゲーム、面白かった」
「ならよかった。で、予定通り俺に近づけたか?」
ポットのお湯でお茶を作って、反対側の座布団に腰掛ける。
この後輩が、なにも収穫を得られずに後悔することを祈りながら――だが、にやりと彼女は口の端を歪める。
「ああ。トム先輩はあのケモミミロリが好きなのだろう」
「――っ!」
「生意気盛りで元気がよく、けれどヒーラーとしてパーティーを支えてくれる。ふとした会話で、怪我してないか声を掛けてくれる。そうだろう?」
「……な、なぜそれを」
春休み終盤のリビングは、高度な心理戦の様相を呈していた。なんたらゲームのBGMが流れてもおかしくはない。
「なに、簡単なことさ。トム先輩は小学生がタイプだと言った。しかしそれは現実世界のことではない」
「どうして……それを」
別に隠してもいないけど、ノリで追い詰められた犯人みたいな声が出る。
「ふふっ。面倒臭い相手は嫌いだろう? この短い間のやり取りでも、それくらいはわかる」
「ま、まさかそのために、……わざとウザい絡み方をしてきたのか」
「えっ。ボクがウザかった?」
自覚はないのかよ。
「ご冗談が過ぎるぞ。ボクは極めて爽やかに振る舞っていたではないか」
「…………」
「沈黙は肯定だな。では、結論だ。相手をしても疲れない幼子――それはつまり、二次元のキャラクターだ。そうだろう」
「はい正解」
無感情で頷く。なんというか、そう。彼女の言うとおり俺は疲れる相手が苦手なのだ。だから遠慮なく、体力を温存させてもらうことにした。
いいよねロリケモ。真理だと思う。もちろんアイドル小学生も真理だ。今度のハロウィンで人狼コスプレしてくれないだろうか。
「それで? この後はどうするんだ?」
「まだストーリーを進めなければならないのだ……こんなところで、休んでいる場合ではない」
ふらふらと立ち上がる。その目には、強い意志が宿っていた。
いつだってやる気なしで、止まっているだけの俺には――止められるはずがない。
「行ってくる。世界の命運は、ボクにかかっているからね」
傷つきながらも歩みを止めない背中は、さながら英雄のようで……。
宮野悠奈。さてはめちゃくちゃ面白いな?




