2話 宣戦布告
春休み以降、古河の作る料理は増えた。
これまで距離を置いていた七瀬さんが参加するようになったからだ。軽く声を掛けてみたら、
「……そうですね。先輩がどうしてもと言うなら」
「どうしてもってわけじゃない。強制するのはよくないからね」
「なんでもないですごめんなさい一緒に食べたいです!」
ということがあって、食卓は三人になった。帰りが早くなったマヤさんも、時々一緒にいる。
だから、宮野さんが帰ってきたらそれが五人になるものだと思っていたのだ。あの爽やかさなら、元から皆と上手くやっていただろうし。
だが。
「悠くんも一緒にご飯食べてくれないんだよねえ」
「あれ?」
古河は難しい顔で、声真似をする。
「『水希さんに手間をかけさせるわけにはいかないよ。それでは』って。もしかして私、避けられてる?」
避けられてるんじゃないですかね。
「まあそれは別にいいんだけどね」
「いいんかい」
「避けられたら回り込めばいいんだよ」
「結果は?」
「惨敗です。でも負けない! 戸村くんがゆずちゃんをゲットしたから、私が悠くんをゲットするもんね!」
「その言い方はまずいからやめてくれな」
とはいえ、そういう感じなら俺ともドライにやってくれるかな。
なんて思っていた時期がありました。いつだってそうだ。俺の予想は粉砕されるためにある。
◇
それじゃあ夕飯までゲームでもしますかね。とか思って部屋に入った直後だった。タイミングを見計らったようにノックがあって、「失礼。少しいいかな」と爽やかボイス。
「はい」
ドアを開けると、すらっとした少年――じゃなくて少女。マッシュヘアの高さは、俺の視線よりも低い。
「話したいことがあるのだが、お時間よろしいかな」
「……いいですけど」
「さっきも言った通り、ボクは後輩なのだから緊張しなくていい」
「そこの等号は成り立たないと思うんだけどなぁ」
後輩だから余裕だとか、そんなのは人を記号として見ているやつの技だと思う。人は人だ。それ以上でもそれ以下でもない。
「それで、話とは」
「うむ。そのことだが、廊下では話しづらいのだ。部屋に入れてもらって構わないだろうか?」
「構う構う。絶対ダメだから」
「そうか。では、おじゃまします」
「聞いてた!?」
動揺する俺の肩を押して、いっさいの躊躇いなく入ってくる。後ろ手にカギを閉め、ドアの前に立ち塞がる。
……動きがプロのそれだ。
「安心してくれ。ボクはここから一歩も動かないし、先輩の桃色グッズについても一切言及しない」
「桃色グッズなんてねえよ!?」
「そうか。今の時代はクラウドになんでも保存できるのだったな」
「いやそういう問題ではなく!」
「黙れ外道ッ!」
なんかすごい剣幕で怒られた。
外道? 俺が?
いまいち反論もできないので、どのシーンを切り取って言われたのかを考えてみる。
あれだろうか。七瀬さんの嫌いな食べ物を頑張って食べさせたことかな。それとも確認テストの難易度をちょっとずつ上げていることかな。あるいは、古河との食費をこっそり多く払っていることか――
「年貢の納め時ってわけか」
「そういうことだ。よくも、よくもボクのハーレムに手を出してくれたな……っ!」
「は?」
は?
「どうやって水希さんのご飯を食べるところまでたどり着いた! ボクにはまだ、そのイベントは発生していないのに!」
「え?」
え?
「なぜ柚子ちゃんと仲良く話しているんだ! ボクは勉強を教えた事なんてないぞ!」
「お、おう……」
お、おう……。
「なにか汚い手を使ったに違いない。そうじゃなければ、こんなこと……こんなこと」
お菓子外交ならけっこうやっているけど。
拳を握りしめて、宮野さんはぷるぷる震えている。
その拳から人差し指をぴんと伸ばし、真っ直ぐ突きつけてくる。
「いいだろう。こうなったら勝負だ! どちらが彼女たちにふさわしいか!」
「結構です」
この子はあれだ。ものっそい面倒くさいやつだ。
本能的に距離を取ることを選択する。だが、それよりも早く接近してくるエネミー。
「怖いのか。負けるのが怖いのか」
「いや別に。負けて元々、勝ってビックリみたいな人生だし」
「よほど自信があるとみた」
ダメだ日本語が通じてない。
まあ、どうでもいいけど。
「そっか。じゃあ……もうゲームやっていいか?」
「あ、構わない。それでは」
くるっと背を向けて部屋を出ていく宮野さん。
うん。なるほどね。もう納得しちゃったよ。確かに彼女はここの住人だ。
しかし、すごいメンツだよなぁ。
料理にしか興味のない古河水希。
面白そうだからとニヤニヤしてるマヤさん。
学校に馴染めず、最近勉強を始めた七瀬さん。
それで……この家をハーレムとか言ってる宮野悠奈。
この家にまともなやつはいないのかって話なんだよな。
ブーメラン? いい武器だと思うよ。威力も高いし。




