戸村真広レポート（七瀬柚子から見て）
先輩がシェアハウスにやってきてから、一ヶ月が経ちました。
最初の頃は危険な人じゃないか不安でしたが、今では確信を持って言えます。あの人は危険です。
ただ、今のところ私たちに害を与える様子はありません。というか、誰にも害を与えないのに危険なのが悪いところです。
先輩の生活リズムは、かなり不規則なようです。
あるときは八時頃に下に降りてきて、水希さんと朝ご飯を食べ、散歩に出かけたりして、私に勉強を教えてくれて、すごく健康的な一日を過ごしたり。けれどその次の日には、昼の十二時頃にゾンビのような表情で降りてきて、コーヒーだけ持って部屋に戻ったり。
趣味はゲーム。
好みは女子小学生……。でもそれはにじげん？というものらしく、現実世界には適応されないだとか。本人曰く、「リアルの女子小学生はなんか違う」とのことでした。あの人を逮捕できる法律がないのは、この国の至らない点だと思います。
自分から誰かに話しかけることは、滅多にないです。
だからいっつも私が「先輩」「先輩先輩」「あの、先輩」って、なんか構ってほしいみたいじゃないですか！
……いえ。その、構ってほしくないわけじゃないですけど、別に構われなくたって問題ないわけですが。
そのことに関してもそれとなく聞いたんです。そしたら先輩は「えっ、俺から話しかけたらなんかキモくない？」とのことでした。卑屈すぎます。
卑屈だし、周りに興味がなさそうだし、変態だし。先輩の悪いところを挙げれば本当にキリがないです。
すぐに子供扱いしてくるし。
いやそれは、わかるのです。五歳差だし。いくら女の子のほうが精神的に三歳年上理論をもってしても、あと二歳の差があることも。高校生と大学生ではなく、もう一個挟んだ立ち位置にいることも。
大人になりたいです。
はやく大人になりたい。
そしたら、もっとちゃんと先輩のこともわかるように……は、ならないと思いますけど。子供相手だから優しくされてるみたいなのは、嫌です。
わがままでしょうか。
わがままですよね。
だからちょっと、頑張ってみることにしました。少しでも大人になるように。一人の人間として、ちゃんと扱ってもらえるように。
勉強をします。先輩がやっておいてくれたら助かる（この言い方も控えめすぎてどうかと思います）。と言っていた量よりも多く。ぜんぶちゃんと覚えます。
服もアクセサリーも控えめにして、シンプルで綺麗な感じにします。ついでに髪型も、好きなツインテールをやめてみました。一本に絞って、これでちょっとは幼く見えないでしょうか。
鏡で自分を確認して、うん。一歳ぶんくらいは大人になった気がします。
先輩に見せるために、廊下を歩いてドアを叩きます。コンコン。
「先輩、私です」
「ん。はい、今出る」
読書中だったのでしょう。先輩は手に開きっぱなしの文庫本を持っていました。
「ツインテールをやめようと思うのですが……、どうですか？」
「え」
ぽかんと口を開いて、本を落としてしまいました。ぱさっと乾いた音が響きます。
常に無感情というか、無感動な目をする先輩が、このときばかりは大きく動揺していました。ぱちぱちと瞬きをして、動かなくなってしまいました。
「あの……」
「やめるって、永久に？」
「そうですけど」
「な、なるほど。わ、わわ、わかった。うん。じゃああれだね、こ、今夜は古河になんか特別な料理を作ってもらわないといけないな」
先輩はしゃがんで本を拾って立ち上がって、なにごともなさそうに笑って見せます。手はぶるぶる震えてるし、目は泳いでるし、噛み噛みですけど。
「冗談です」
ぽつっと呟くと、先輩はまたぽかんとします。今度は口を開けません。それから弾かれたように顔を上げ、満面の笑みを浮かべていました。
「――えっ、冗談！？ なんだぁ。あれか、かなり遅めのハロウィンか？ これ以上のイタズラは困っちゃうから、お菓子あげようか？」
この人はあれですね。
ただの変態みたいです。
口元が緩んでしまったのは先輩がおかしかったからであって、嬉しかったとかではないですよ。絶対に。絶対です。
