16話 お出かけ その2
電車を降りて、駅前の商業施設へ入る。大きな駅というのは、そこだけですべてが揃うものだ。食べること、遊ぶこと、学ぶことすら困らない。
「人、多いですね」
「場所が場所だからね。本屋はそこまで混んでないと思うけど、服屋は大混雑だと思うよ」
「なにしれっと行かない流れを作ろうとしてるんですか」
「だって待つの面倒臭いじゃん」
「子供ですか?」
「必要とあれば、今この場所でギャン泣きすることも厭わない」
「絶対にやめてくださいね」
マジの目で止められた。本当にやると思われているのだろうか。
エスカレーターに乗って、4階を目指す。目の前では、若いカップルがべたべたしていた。どうべたべたかと言うと、こう、女のほうがしなだれかかって、顔とか首をぺたぺた触っている。男の手は腰に回されていて、なんか目に優しくない。
「…………」
七瀬さんは声には出さず、「うっっわぁ」みたいな顔をしている。君ね、全部顔に出てるんだよ。自覚はないんだろうけど。
「あまり気持ちのいいものじゃないね。こっち来て」
前のキモップルはエスカレーターを降りる様子がない。このまま4階まで耐えるのも苦行なので、一旦降りることにした。
「ちょ、先輩。なんかちらっと見てきましたけど」
慌てた様子で七瀬さんが訴えてくる。見てきた? 振り向いてみるが、既にキモっプルは視界の外だ。
「小さい声で言ったつもりなんだけど」
「そうですよね。……耳、よかったのかな」
「自覚があるんじゃない? 曖昧な言い方で気になるなら、そういうことだと思うよ」
残念ながら自覚が改善へ繋がるとは限らないが。傍から見るとバカっぽいを通り越して気持ち悪いということを自覚してほしい。
「ああいうのは、人目につかない場所でやってもらいたいよね」
「……はい」
少女はため息を吐いて、小さく頭を振る。だいぶ嫌な思いをしたらしい。まあそうだよな。耐性がない人間にあれはキツい。
俺? 俺はほら、前のグループで宅飲みしたときにあったから。俺以外が泥酔して、男と女がべたべたしあった地獄。まじで地獄だった。
他人の恋愛ほどどうでもいいものはない。
「どれ、気分転換にアイスでも食べるかい?」
「名案ですね」
途中下車した3階は喫茶店が並んでいて、中にはアイス屋もある。
「先輩はなに味ですか?」
「バニラ」
「あ、私もです」
「いいよなバニラ。高収入だし」
「それはバニラじゃなくてバイトです……あれ? バニラのバイトでバイトがバニラ…………??」
今の七瀬さん、めちゃくちゃ可愛い混乱のしかたをしているな。
結局その謎は解決されることなく、バニラアイスが手渡される。二本受け取って、片方を七瀬さんへ。
「あ、お金払いますね」
両手でそれを受け止めて、律儀に財布を出そうとする。
「いや、いらないよ。参考書用に取っておいて」
「むっ。また子供扱いを」
「どちらかというと、女の子扱いじゃないかな」
「おんなのこあつかい?」
異国の言語みたいに発音して、こてっと首を傾げる。一拍空けてから、電流が流れたように顔を上げる。
「ええっ!?」
「アイス落とすよ」
「だ、だいじょうぶですけど。……あの、それってどういう」
「それ?」
聞き返すと、じろっと睨まれた。あんまり怖くないのは、アイスで顔の半分を隠しているから。小動物感がすごい。リスみたいだ。
「からかってますか?」
「からかってはないけど。……ああ、女の子扱いね。なんていうか、あれだ。俺のプライドみたいなもんだよ」
「嘘です。先輩にプライドなんてないので」
「論破の仕方が完璧すぎるよ」
確かに見栄を張りたいわけでも、好感度を稼ぎたいわけでもない。だけどそうしたいと思うのは……。
「じゃあ、七瀬さんが後輩だから。かな」
「後輩だから……ですか」
「うん。よく考えたら俺、古河とかだったら絶対払ってないし」
あいつの場合、「えっ、アイス!? 五段にしちゃうよ!」とか言い出しかねないから。というのもあるが。
「そうですか。……納得です」
「お気に召したかな」
「一割くらいは」
「残り九割はなにでできてるんだ」
やはりどこか気に入らなそうな七瀬さん。
でも怒ってはない……よな?