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人生に疲れた俺は、シェアハウスにラブコメを求めない  作者: 城野白
春 1章 ツンデレJCは見返したい
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15話 お出かけ その1

 人に物を教えるというのは難しいもので、どうしても指針となるものが必要になる。

 学校の教科書は解説が付随しておらず、自習のための参考書は必要不可欠だ。


 マヤさんを通して七瀬さんの両親に話を通し、教材の購入について了承を得た。お金の心配はないらしい。


「――ということで、参考書を買いに行こうと思うんだけど」

「私のですよね?」


「そう。七瀬さんが使うやつ。先に好みとかを聞いておきたくてさ」

「好み……?」


 ぴんとこないのだろう。首をこてっと倒して視線を泳がせる。

 まあそうか。高校受験。これが人生で初めての受験になる人は多い。


「そんなに種類があるんですか?」

「ありすぎて困る。その豊富さゆえに、一部の受験生は参考書コレクターへと姿を変えてしまうほどだよ」


「それ、ダメな人ですよね」

「うん。参考書コレクターになったが最後、第一志望には落ちる。浪人しても増えるのは偏差値ではなく参考書の種類。勉強時間をこなしても、どうせすぐ別の参考書に浮気するから経験値は溜まらず……おっと。これは社会の闇だったね」


 七瀬さんは顔を青くして引いていた。


「参考書……怖いです」

「だから、ちゃんとした一冊を選ばなきゃならない」


「どうすればいいんですか?」

「俺が選ぼうかと思うんだけど。正解もないしなぁ」


 人にこれと示せるほど知識があるわけでもない。給料が発生する以上、責任をもって取り組みたいとは思うが。


「じゃあ、私も選びに行きます」

「ん?」


「先輩のアドバイスを聞いて、自分で選んでみたいです。それじゃダメですか?」


 言われてみれば確かに、それが一番確実かもしれない。

 というわけで、一緒に買いに行くことになった。







 その翌日。

 俺は玄関で靴を履き、時間通りに出発の準備を完了する。だが、七瀬さんの来る様子がない。しばらく待っていると、慌てた足音が二階からする。


「すみません、遅れましたっ!」


 白いセーターに、膝丈のスカート。黒いタイツで防寒もして、手にはポーチを持っている。髪はいつもと違って結ばず、真っ直ぐに下ろしている。


「いいよ。準備お疲れさま」


 立ち上がってドアを開け、七瀬さんが出てきてから鍵を閉める。


「その服、オシャレだね」

「そ、そうですか? ……別に、普通だと思いますけど。ありがとうございます」


 さらっと褒めておく。うん。これでよし。

 下手に可愛いと言えばセクハラになりかねず、だからといって触れないのも失礼。そんな板挟みを解消できる魔法の言葉オシャレだね。


「先輩も今日は格好――は普通ですね」

「うん。俺はいつも通りだ」


 無難という概念を抽出したような服を着ている。『大学生 メンズ 服』で検索したら腐るほどでてきそうなコーディネート。


「お出かけ用の服とかってないんですか?」


「ない」

「断言されてしまいました……」


「俺くらいになると、明日すべての服が全身タイツになっても問題ない」

「ありありです! 見てて地獄だからやめてくださいね!」


「ダメかぁ」

「ダメに決まってるじゃないですか」


「体温調節が難しそうだもんね」

「機能性の問題じゃないんですけど」


 見た目がうんぬん……と言いながら七瀬さんはむくれていたが、ふと思いついたように手を打つ。


「そうだ。先輩の服も選びましょう」

「えぇ……いいよ俺の服とか」


「買わなくてもいいですから! 見るだけでも! だってほら、先輩ってけっこう顔――は普通の普通の普通ですけど……はい、普通だけどなんとかなるタイプだと思うので!」

「すっごい普通を連呼するじゃん」


 なぜか後ろに回り込んで、力強く背中を押してくる。まだぜんぜん服屋とかないんだけど。


「だって先輩、普通にかっこ……普通じゃないですか」

「普通(普通)って、どんだけノーマルだよ。平均値取り過ぎだろ」


 そこまでいくともはやレアだ。この国の男の平均ってどんなもんだろ。


「とにかく、服も行きますからね。先輩が私の参考書を手伝って、私が先輩の服を手伝います!」

「ジムアンドビリーか」


「ギブアンドテイクですよ。誰ですかジムとビリー」

「ギブとテイクの意味は?」


「ギブが与えるでテイクが取るです」

「そうそう。takeは確保するみたいな意味で、睡眠を確保するとかにも使われるからね」


「へえぇ」


 しれっと知識をねじ込むと、七瀬さんは頷いて吸収しようとする。

 勉強に対して苦手意識はあるが、学ぼうという意欲がある。だから俺は、彼女の力になりたいと思う。そのくらいの願いなら、叶う世の中であってほしいと思う。


 最寄り駅の改札を抜けて、電車に乗り込む。


「先輩って、先生になるんですか?」

「なんでまた急に」


「だって教えるの上手いじゃないですか」

「そんなことないよ。それこそ普通だし」


 一対一だからそれっぽくできるが、集団相手にはどうしようもない。

 なにより俺は、先生となるのに最も必要な素質を失っている。


「自分より頑張ってる人に頑張れとは言えない。だから俺は、先生にはなれないんだよ」

「……そうなんですか」


「そ。先生って実は凄いんだぜ。俺なら三時間で退職する」

「三日は頑張りましょうよ」


 くすくす笑いながら言う七瀬さん。そういう反応をしてもらえると、こっちとしては助かる。

 ボケる側というのは、いつだって相手の反応に一喜一憂するものだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 手ずからの教育指導の結果。 突っ込みのレベルが1上がった。
[気になる点] 楽しそうにお出かけだと・・・? 服を見てもらうだと・・・? おまわりさんこいつです。
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