2話 ピザじゃなくてピッツァ
マルゲリータとキノコのピザを一枚ずつ。ランチタイムはセットでサラダとドリンク一杯もついてきたので、俺と七瀬さんは紅茶を頼んだ。
一口食べればわかる。バジルの効いた品のある味わい。これはもう、ピザじゃなくてピッツァだ。紅茶じゃなくてティーである可能性もあるし、戸村くんじゃなくてトゥムラケェン! なのかもしれない。
「美味しいですね」
「ね。生地がふわふわしてていい感じだ」
「クリスピーなのもジャンクでいいですけど、こういうお店のふわふわしてるのもいいですよね」
「食レポのレベルが高い……」
いい感じで片づけた俺に対して、七瀬さんの言葉の深みたるや。一体だれが彼女に国語を教えているんだ。……俺? ちょっと知らないですね。
小さな口でついばむようにピザを食べる七瀬さん。両手で持って食べるから、いつもより小動物感が強い。
紅茶を挟んでリラックスしながら、俺もゆっくり食べる。二枚を二人でシェアするので、ペースを合わせないとね。
「そういえばさ、七瀬さん」
「はい」
「おかげでマヤさんと話せたよ。ありがとう」
「よかったです」
七瀬さんは微笑んで、それから遠慮がちに首を傾げた。
「あの、どんなことを話したかって聞いてもいいですか?」
「これからも楽しくやっていきましょう。って話をしたんだ」
「……本当ですか? 別に、疑ってるわけじゃないですけど」
七瀬さんの疑問はもっともだ。彼女は俺が悩んでいるのに気が付いて、声をかけてくれたのだ。その結果が、まさか楽しい生活宣言だとは思うまい。近年の楽しい〇〇界隈は、どうにも信ぴょう性が低い。
俺は背もたれに体重を預ける。
「今が楽しいってのは、けっこう嫌なことだからね」
「よくわからないです」
「わからなくていいよ。わかるようになる必要もない。ただ、俺にとっては嫌なことなんだ。たぶん、マヤさんにとっても」
「嫌なことを、言わなくちゃいけなかったんですか」
「俺はそう思った」
「そうですか」
これは七瀬さんへの誠意だ。相談に乗ってくれた彼女には、なるべく偽りのないことを言いたかった。その結果として、彼女にどう思われようとも。
「お疲れさまでした。先輩」
「……ん?」
「大変なことをしたんだと思います。だから、お疲れ様です」
「……いや、まあ結果的には夜遅くまでゲームしてただけだし」
七瀬さんに優しくされると、どうにも座りが悪くなってしまう。先輩としての威厳みたいなのが、俺にもあるのだろうか。いや、たぶんそんなんじゃない。
「というか本題は七瀬さんのお祝いなんだから、俺がいたわられるのは違う。七瀬さんこそお疲れさま」
「ありがとうございます。次は満点取ります」
「すごい意欲だ……。実際、数学は狙えそうだよね」
「いえ、全教科で」
「もうこの子怖い!」
目がしっかり開いているあたり、冗談を言っているのではないのだろう。っていうか七瀬さん、そういう冗談は言わないし。なんだこの意識の高さは。宮野か。宮野の影響を受けているのか。こうなったら試してみるか。
「七瀬さん。『前進こそが』に続く言葉は?」
「はい?」
「よかった。まだ宮野化はさほど進んでないみたいだ」
正解は『人生』。あのイケメンJKは『前進こそが人生だ』などというスパルタンな思想を前面に押し出し、日々邁進しているのだ。心が弱っているときに聞きたくない言葉ランキング、堂々の一位。
「しかし全部で満点か。大丈夫? 追いつめられてない?」
「大丈夫です。本気で目指すだけなので」
「じゃあ、俺も本気でやらないとね」
満点を取るのが不可能じゃないってのは、俺にもわかる。教科を絞れば、俺にだって経験はある。だがしかし、五教科となると話は別だ。
「とりあえず、めちゃくちゃレベルの高い問題集買ってみるか」
本屋で探すものは、決まったみたいだ。