14話 三人でクッキー
クッキーなんてそんな簡単に焼けるのかと思ったが、調べてみたら三十分ほどで出来上がるらしい。
材料をボウルに入れて、せっせと混ぜ、迷いなく成型していく。なにか手伝おうか?と口を挟む暇もない。無駄のない洗練された動きは、これまで焼いてきたクッキーの枚数によるものだろう。
よほどクッキーの気分なのだろう。周りのことを忘れたように、楽しそうに鼻歌を歌っている。なんの曲かは知らんけども。
「これ食べてみそ」
すっと差し出されたのは、生のクッキー生地。成型して余ったぶんらしい。
「え、でも焼いてないじゃん」
「いいからいいから。ほら、ゆずちゃんも」
「え、……私もですか」
米粒より少し大きいくらいの量を手に渡される。
「食ってみな……とぶぜ。ん~~っ、美味しい」
疑心暗鬼で口にしてみる。香ばしさはなく、だが卵のコクと甘み、それらをまとめる小麦のまろやかさが広がる。
「これは……!」
「美味しい……」
古河は腰に手を当てて、力強く頷いた。
「これが好きすぎて、焼かないクッキーを食べたことがあるくらいだよ。……お腹壊しちゃったけどね」
「おバカ」
「てへっ」
だから可愛いっつってんだろ!
にこにこした状態で、古河は腕を組む。
「これぞ手作りクッキーの醍醐味って感じだよね。不完全な状態の味見。ふふふ」
料理への愛を語る彼女は、ちょっと怖い。緩急が凄い。そのうち「戸村くんってどんな味がするんだろうねえ」とか言い出しそう。
「焼いたらもっと美味しいから、待ってて~」
予熱の済んだオーブンへクッキーを放り込んでいく。
ママだ。完全に古河ママだ。養われてえ。っていうかもう養われてる。変な意味になりそうだから、口にはしないが。
ほどなくしてクッキーが完成。皿に盛って運ばれてくる。用意しておいたルイボスティーをコップに注ぎ、三人分並べる。
「後でマヤちゃんにもあげよ」
「マヤさんな。本当に忙しそうだよなあの人」
「四月からはちょっと楽になるんだって。そしたら皆でパーティーピーポーだよ」
「たぶんだけど、使い方間違ってるぞ」
ジップロックに取り分けて、端に寄せると準備は終わり。
「よし。食べよう!」
手を合わせて、一口。本当はもう少し冷ますのだろうが、熱々もいいよと古河が言っていた。彼女の言っていることは、食に関しては信頼できる。
「お。うまっ」
「でしょ!」
「あふっ」
舌に熱いのが当たったらしく、七瀬さんが目をつむる。
「でも、……美味しいですね」
「うんうん。気をつけてね」
「はひ」
小さく舌を出して、うっすら涙目の少女。
…………これは。
ちらっと古河と目を合わせる。頷く。考えていることは同じらしい。
「冷たいお茶も作ろうか」
「お姉ちゃんがふーふーしてあげるね」
父性と母性が芽生えた。
「こ、子供扱いしないでくだひゃ――い」
途中で噛んでしまい、今度は羞恥で顔を赤くする。パニックらしい。
すっかり撃沈してしまった七瀬さんを、楽しそうに古河が撫でる。おいそこ代われ――じゃなかった。ちょっとからかい過ぎたか。
それにしても……だ。
腕組みして顔に手を当て、本気の集中モード。大学入試センター試験のときと同じぐらいの真剣さで思考する。その結果、導き出された答は一つ。
この子めちゃくちゃ可愛くないか?
「…………先輩が良くないことを考えている気がします」
「いや、でも俺には小学生が」
「なにと葛藤してるんですか!?」
危ない危ない。人として大事なことを見失うところだった。
やっぱ小学生しか勝たん。
――もしかすると、俺は既に人として大切なものを失っているのかもしれない。
だけど今が楽しければ、それはそれでいいかなと思う。
友人も恋人もいらない。一緒にいて楽しい相手がいて、そういう空間がある。この場所で羽を休めれば、きっといつか。
また歩ける日が来る。そんな気がしている。