9話 B級トンチキ討伐戦線
たろ鉄――それは日本全国を舞台にしたすごろくゲーム。設定された目的地を目指しながら、着実に資産を増やしていく。その過程でプレイヤー同士の激しい妨害や、ゲーム側からの破壊的な横やりに対処しなければならない。
ゆえにこのゲームは『友情崩壊ゲーム』の異名を持つ。
前回やったときは壊れるような友情もまだなかったが、今回は違う。一緒に旅行に行くほどに育った友情が、俺たちにはある。
マヤさんは獰猛に笑った。心の底から楽しい時にだけ見せるであろう、気迫のこもった笑み。
「どうなっても知らないわよ」
「マヤさんこそ、覚悟してください。今年の俺は大吉です」
「でも前回は最下位だったじゃない」
「ふっ……」
言葉のナイフが鋭すぎて反論のしようがない。目をそらして不敵な笑みを浮かべる。それが俺にできる唯一のこと。
発想を変えよう。おみくじを引いた瞬間から、俺の今年は始まったのだ。つまりはあの夏祭りの日。ついでにしれっと引いたあの時が、俺の元旦。
書かれていたことを要約すると「大変なことが全部報われる。頑張れば全部うまくいく」とのことだ。比較的当たり前っぽいことだが、頑張るってのはやっぱり大事なことらしい。
ゲーム機の電源を入れて、前回同様のルールで開始する。名前も全員同じ。いや、素早い動作でマヤさんが変えた。マヤCEOの爆誕だ。誕生日ブーストとんでもないな。
ゲーム開始。年数は五年。初手の目的地は博多。
なかなかに距離がある。まずは移動系のカードを集めてから行動するのがいいだろう。
まずは資金を稼ぎながら、カードを買える駅を目指す。そのためのダイスロール。
1!
「ま、スタートはこんなもんすかね」
目的地のほうに一マスだけ寄せておく。ラッキー。お金ちょっと増えた。
「やっぱり真広は真広ね」
「最初だけですよ。そんなこと言ってられるのは」
「見てなさい。大人の目押しってやつを見せたげるわ」
自信満々でコントローラーを受け取ったマヤさんが、渾身の一投。
2!
「勝ったわ」
「なぜ自信満々なのか」
「ふん。真広はそこで指をくわえていなさい」
「お隣のマスから言われましても」
勝利宣言は、もう少し突き放してからしてほしいものだ。
醜い争いを繰り広げる俺たちを横目に、残りの三人は順調な滑り出し。やっぱ俺、このゲーム弱いかもしれん。
◇
優勝は『みずき社長』~!
「やっふー」
無慈悲に結果を発表する画面を見つめ、俺とマヤさんは腕組みとしかめっ面をしていた。
「なぜだ……?」
「不可解ね……」
前回からは多少順位の変動があり、二位は七瀬さん、三位はマヤさん、四位が俺で、五位が宮野。
おかしい。大吉を引いたのに、順位が低すぎる。
「ぐむむむむ……ぐむむむ……ぐむっ」
ひときわ苦しそうにうめいているのが、最下位だった宮野だ。それはもうこてんぱんなやられようで、発生するイベントのすべてが宮野の障害となっていた。
問題は俺とマヤさんだ。俺たちはちゃんとプレイしていた。このゲームのセオリーに従って、淡々と進行していたはずだ。それなのに……。
「上二人の運が強すぎるのよね」
「そうみたいですね」
古河、七瀬さんのゲームやらない組が強すぎる。俺たちの小賢しい戦略を吹き飛ばす豪運で、なにもかもが粉砕された。
「運を覆すには、試行回数が必要よね」
「イーロン・ナイデス」
「青い鳥を返しなさい」
「異論ないです」
俺を叩いてもツイッターは帰ってこないので、慌てて日本語に訂正する。軽はずみなダジャレは命の危険につながる。
マヤさんは腕組みをしたまま、勝ってにこにこしている古河と七瀬さんを見る。
「九十九年やれば、運も消えるかしらね」
「九十九年もやりたいとは思いませんがね」
「え?」
「え?」
顔を見合わせる。なんでこの人、ありえないみたいな顔してんの?
「真広。あんたゲーマーよね」
「まあ、新参者ですが。はい」
「たろ鉄が九十九年プレイできないの?」
「そんな最低条件みたいなゲームなんですかこれ!?」
マヤさんがずいずい迫ってくる。手にはコントローラー。指は画面を指している。
「まあ九十九年は言い過ぎにしても、五十年や六十年はやっといた方がいいわよ。このゲームの味が出てくるのは、そこからなんだから」
「なるほど。じゃあ、やっときます」
「やっとく? 私もやるわよ」
マヤさんはぐるりと腕と首を回し、ソファにどっかりと座る。
「お、おぉ……今からすか」
すでに時刻は日付を回ろうとしている。俺は普段から夜型だからいいけど、仕事終わりのマヤさんは大丈夫なのだろうか。
ちなみにほかのメンバーは相当眠そうだ。
「じゃあ、マヤちゃんたちは引き続き楽しんでね~。おやすみバースデー」
鮮やかに古河が一抜けを決めると、七瀬さんもその流れに乗る。
「では、私もそろそろ失礼します。マヤさん、誕生日おめでとうございます」
ぺこりと頭を下げてリビングを出る。そしてその後に、のっそりした動きで宮野が出て行った。
「ボク……もう……ねる。ねることしか、できない……ので」
友情崩壊ゲームの崩壊の部分を一手に引き受けてしまった彼女のダメージは計り知れない。グロすぎて俺もフォローできなかったもん。寝て治ることを祈ろう。
マヤさんは一人一人にお礼を言って手を振り、そして最後に俺を見る。
「真広は?」
「夜行性は、日付が変わってからが本番ですよ」
キッチンに入って、シードルの瓶とつまみのチーズを持っていく。
大きな笑みを浮かべるマヤさんの横に座って、大きく伸びをする。打ち込まれた年数は五十年。さて、終わるのはいつになるだろう。
ワイングラスを傾けて、爽やかなシードルを呷った。
なに一つ仕組んだことはないが、流れに任せていたら理想的な状況になった。やっぱり策略って雑魚ですわ。雑魚は雑魚らしく、流れに身を任せておくのがよい。
難しいことは、マヤさんをボコボコにしてから考えるか。