3話 対照的な二人では
何杯目のアルコールかわからない。溶けた氷をチェイサー替わりにしながら、俺とマヤさんの昼飲みは続く。
「だから、ファンネルってのは決戦兵器なんだからそう易々と出てきていいものじゃないのよ。そりゃあアニメ映えするから視聴者の心を掴むために早い段階で見せたいって気持ちはわかるけどね、そこをグッと堪えるのが大人のたしなみじゃない」
「……つまり、目先の利益に釣られるなということですね」
「そう。そうよ。満を持して登場するから、決戦兵器は決戦兵器足りえるの」
上機嫌のマヤさんは、ロボアニメについて熱く語っている。残念ながら俺は未履修なので、話を合わせることしかできない。ゲーマーではあるが、まだまだ俺のオタク歴は浅い。
「ロマン……ロマンなのよ、一番大切なのは」
「ロマンって、いまいちよくわからないんですよね」
「ちっちゃい女の子がでっかい武器持ってたりするやつよ」
「ロマンの可能性が出てきました。……ただやっぱり個人的には、ちっちゃい女の子はヒーラーやっててほしいです」
「真広はロリコンねぇ」
「その評価、甘んじて受け入れましょう」
献身的なヒロインのヒール、現実世界まで染みてくる。疲れてからの、もう一ボスには欠かせない存在だ。
マヤさんは横を見ながら、モヒートを飲む。俺よりずっと早いペースで飲んでいるのに、一向に酔う気配がない。白い肌に、ほんの少し朱がさす程度だ。言動に関しては、普段から酔いどれみたいな側面があるので判定しづらい。
「現実でもロリコンなの?」
「ごっ!」
「1,2,3,4?」
「ごっ! じゃなくて、心臓に悪いこと言わないでくださいよ。おまわりさんに聞かれたらどうするんですか」
「聞かれてるわけないでしょう」
「隣の人が私服警官かもしれない。そういう気持ちで、俺は日々生活してるんです」
「指名手配犯なの?」
「それくらいの危機感を持って日々を過ごすことが大切です」
「我が家が真広にそんなプレッシャーを与えていたとはね。……ま、インドアだから微々たるものでしょうけれど」
「その通り」
俺がアウトドア系だったらとてつもなく生活が不便になるところだった。いや、つくづくインドアでよかった。これからも家にいよう。
「で、どうなのよ」
マヤさんは興味津々といった様子で、テーブルに頬杖をつく。上目遣いから逃れるすべは、現状この惑星にはない。
「あいにく俺は、特別な嗜好は持ってないです。恋なんて行き当たりばったりですよ」
正しい道のりなんてものが見えたためしは、一度もない。
「そういうマヤさんはどうなんですか?」
「あ、UFO」
「古典的すぎる!」
もう日本じゃ誰も引っかからないやつだよそれ。メキシコとかだっけ、UFOが政府公認の国でやったら違うのかもしれないけど。
「なぁに、私のタイプなんて気にして」
「意趣返しですよ」
マヤさんは目を細めて、空になったコップからライムをつまんで絞った。
「同じよ」
ほんの一瞬、黒く澄んだ瞳から笑いが消えた。
それは雲が太陽の光を奪うような、刹那の明滅。
すぐにマヤさんはいつもの力強い笑みに戻ると、俺の鼻先を指で突いた。
「そろそろ終わりにしときましょ。二日酔いになったら台無しよ」
「……」
俺はなにも言えなかった。
指先を掠めたなにかを気にしながら、いつものように曖昧な表情をする。
そうだ。
俺とマヤさんは、同じ仮面をかぶっている。なら、俺にそれを指摘できるはずもない。
◇
シャワーを浴びて水を飲んでも、まだアルコールの匂いが消えない。
夕暮れの庭で涼む。ぼんやりした頭では、なにかをする気力は湧かないから。この無力感の理由だって、うまく説明できない。俺はおかしい。俺がおかしい。目的もはっきりしないまま、なにかを――。
「先輩、なにしてるんですか」
ツインテールがひょっこり玄関から覗いていた。
「夕涼み。七瀬さんもする?」
「はいっ」
いつもの流れで誘ったら、軽快なステップで外に出てきた。靴はすでに履いていたらしい。
七瀬さんは俺を見上げると、興味深そうにじっと見つめてくる。
「先輩、今日はたくさん飲んだんですね」
「そんなに違う?」
「はい。なんだか目がとろんとしてます」
「案外自覚しづらいもんだね。やっぱり飲酒は、判断力が鈍る」
自分ではいつも通りのつもりでも、巨大なデバフはかかった状態だ。デバフに気が付けないというのは、かなり厄介なものである。ゲームでも意味不明な負け方するときは、デバフの把握ができていないときだったりする。
「先輩も顔に出たりするんですね」
「俺、そんなに真顔キャラのつもりないけど」
「変わるときは変わりすぎるし、変わらないときは変わらなすぎです」
「なんだそれ。難しいやつだな」
「そうなんですよ。ちゃんと自覚してください」
七瀬さんの注意が入ってしまった。この家で一番価値のある注意を胸に深く刻む。
少女はいつの間にか、俺の隣に立っていた。そこが自分の定位置だとでも言うように、左隣でリラックスしている。
七瀬さんは俺を見なかった。
「先輩、なにかあったんですか?」
それはたぶん、彼女がとびきり優しいからだ。