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人生に疲れた俺は、シェアハウスにラブコメを求めない  作者: 城野白
夏 4章 熱は微かに、されど確かに
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32話 恋

 雑貨屋は好きだ、と七瀬柚子は思う。

 可愛いもので溢れていて、どこか非日常の陽気さで満たされているから。


 雑貨屋は苦手だ、と宮野悠奈は思う。

 可愛いもので溢れていて、どこか地に足がつかないような陽気さが息苦しいから。


 それでもこの場所は、少女が秘密の話をするにはもってこいだった。それは雑貨屋が雑多で視線から隠れやすく、店内に大音量のBGMを流しているから――というのももちろんあるが、穂村荘メンバーの習性から判断できる。


 この会話を最も聞かれてはならない相手、戸村真広が絶対に寄りつかない。

 古河水希は食で頭がいっぱいだし、マヤは疲れ切って休みたそうだった。


 諸々の情報を加味した結果、雑貨屋に入るのがベストの選択だったのだ。


「あの、悠奈さん……」

「うむ」


 場所は選んだ。機は整った。しかして円滑に話を進められないのが、実際のところ。

 あっという間に店を一周してしまった。その間、進展、なし。絶望的な現状に、悠奈は己の未熟さを実感していた。


 彼女にとってこの二十四時間は、想像を絶するほどめまぐるしいものだった。一度は完全にパンクして、それを真広に修復され、その手触りを頼りに勇気を振り絞って、柚子に声を掛けた。


「さっきはありがとう。おかげでトム先輩と話せたよ」

「……そうですか」


 どんな話をしたのか、気にならないわけではないだろう。だが、柚子は言葉を呑み込んだ。知りたいが、知りたくない。胸の中を埋める不安は、嫉妬という言葉に置き換えることもできる。


 パイナップルの人形を手に取って、悠奈はそっと微笑む。


「こんなことにならなければ――なんて思ったが、どだい無理な話だ」


 諦観を込めた瞳が、柚子を捉える。


「好きになってしまうよ。トム先輩だもの」


 出会った日から、一貫して真広は良い先輩で、楽しい友人で、周囲の人たちをそっと包むような優しい目をしていた。カーテンをそっとめくるように、塞いでいた日常を終わらせてくれた人。きっとそれは、悠奈にとってだけではない。


 だから全てに納得した上で、受け入れることができた。受け入れるしかないのだと、割り切ることができた。


 柚子は難しい顔のまま、小さく頷く。


「先輩が悪いんです」

「全くもって同感だ。全部、トム先輩が悪い」


 恋なんて自分にはできないと言いながら、放っておけないと手を伸ばしてしまう。人に興味ないみたいなことを言っていたくせに、ちゃんと見ている。だから惹かれてしまうのだ。


 優しい人なら、他にもいる。

 けれど――


「ボクはもっと、トム先輩のことを知ろうと思うよ」

「それは……えっと、本気。みたいなニュアンスですか?」


「本気以外のやり方を、ボクは知らない」

「ゆ、誘惑とかするんですか!?」


「ゆ、誘惑!? 柚子くん!? ボクの言っていたこと、ちゃんと聞いていたかい?」


 びっくりして悠奈の肘を掴んだ柚子と、更に驚いて目を見開く悠奈。潰されるパイナップルのぬいぐるみ。


「本気って、だって、悠奈さんは女子高生だし……そういうことも、できるのかなって」

「いいかい柚子くん。ボクが色仕掛けなんてしたら、トム先輩に警察を呼ばれる」


「そこまではしないと思いますが」

「トム先輩が自首してしまう」


「それはありそうですね……」

「ともかくダメだ。ダメなのだ」


 ふるふると首を左右に振る。悠奈の頬は赤く、普段のクールさは失われている。こうしていると、彼女もただの少女。なんの変哲もない、女子高生だ。


「ボクの言う本気というのはだな……ええと、そう。本気で考えて、行動することなのだ。だから言ってしまえば、未定ということになる」

「……なるほど」


「考えねばなるまい。だってこれは、単純な一対一の話ではないのだから」

「そうですね」


 柚子は頷いて、真っ直ぐに悠奈を見つめる。

 誰よりも早く〝好き”に気づいた少女は、誰よりもその障壁に気がついていた。そして今、悠奈もそれを理解している。


「私は悠奈さんと仲良くしていたいです」

「ボクもだ」


 目を合わせて、二人は笑った。


 恋敵は同居人で、友人で、家族。打ち解けられない時間を越えて、やっと最近、友達になれた。それもまた、彼がくれたものである。


 恋は争いではなく、戸村真広は景品ではない。

 それは空虚な理想かもしれないけれど、少なくともこの瞬間、二人の少女はそう願った。


「そのパイナップル、買うんですか?」

「ああ。気の抜けた顔がどうも愛らしいのでな」


「じゃあ、私はこっちのゴーヤくんを買います」

「なんとっ! それもまた良いデザインであるな」

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― 新着の感想 ―
「トム先輩が自首してしまう」 これずるいっす笑すごい想像が簡単で笑ってしまいました
 これでこのふたりは確定。  ずっと穂村荘の面々を見ていたかったが流石に皆成長するからなあ。  いずれはこうなるとは解っていたけど。    いよいよ自覚した人達が動き始めて水希とマヤさんはどうだろうか…
投稿お疲れ様です。 皆がいつまでも同じままではいられず。本気で動き出しますかねえ。そのうち彼も鈍感で受け身のままではいられなくなりますかあ。
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