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人生に疲れた俺は、シェアハウスにラブコメを求めない  作者: 城野白
春 1章 ツンデレJCは見返したい
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12話 先生or先輩

 大家さんというのは絶対的な権力者であり、家においては神に匹敵する存在だ。彼女を怒らせれば、よくて家賃の倍増、最悪の場合は追い出される。

 そんな方からの呼び出しともなれば、心臓は大合唱、冷や汗は滝のように流れ、足は生まれたての子鹿のごとく震えるというものだ。


「な、なななんでしょうか」

「なにを怯えてるのよ。まだなにも言ってないけど」


 休日のマヤさんは、薄化粧にグレーのパーカーで椅子に掛けている。


「単刀直入にお願いします。いっそひと思いに」

「柚子になにかした?」


「誓って触れてません!」


 セクハラ認定をくらえば一発退場だ。必死になって弁明しようとする――が。


「なんの話?」

「え、いや……なんの話ですか?」


 どうやらお咎めではないらしい。不思議そうにするマヤさんに、俺まで首を傾げてしまう。


「柚子がねえ、転校するとか言い出したのよ。真広の入れ知恵じゃないの?」

「入れ知恵て。なにも企んじゃいませんよ」


「本当に?」

「ええ。俺はただ、そういう選択肢もあると伝えたかっただけです」


 マヤさんはじっと俺を見つめてくる。黒真珠のような瞳に見つめられると、妙にそわそわする。これが恋ってやつか? いや違うな。蛇に睨まれた蛙ってやつだ。


「そ。ならいいわ」

「許された」


「最初から怒ってない。――にしても、よく仲良くなったわねえ」

「マヤさんに言われたので」


「私はお母さんか」


 ピシッとチョップをくらった。ちゃんとツッコんでくれる人らしい。これはありがたい。

 一生懸命ボケても、古河はボケを重ねてくるし、七瀬さんには冷たい目で見られるのだ。


「……偶然だし、俺が頑張ったわけじゃないですから」

「へえ。柚子からいったの?」


「その言い方だと問題ありませんかね?」


 本人がこの場にいないだけに、否定する方法がない。マヤさんはにやにや笑っている。


「ずいぶん楽しそうですね」

「楽しくなってきたからよ」


「なにを企んでるんですか」

「ふっふっふ」


「こえー」


 不敵な笑いがよく似合う人だ。







 俺の部屋をノックするのは基本的に二名。古河か、マヤさんだ。だからゲーム中に「あの、戸村さん……」と声がしたときは大いに驚いて、落としたコントローラーが地面にめり込んでブラジルまでいった。


 隠すようなものはないが、慌てて室内をチェック。なにもない。よし。

 鍵を開け、ひょっこり顔を出す。


「どうした?」

「少しお話があってきました。その……お願いというか」


「お願い?」


 俺だけ部屋というのも変だし、廊下に出る。部屋に入れるのは無理だ。法に触れる。


「はい。……戸村さんって、塾で働いていたんですよね?」

「凡骨アルバイトだけどね」


「勉強、教えてもらえますか?」

「勉強? 俺が?」


 不安そうな表情で、必殺の上目遣い。いやほんと、上目遣いはよくないと思うんだよ俺は。だってずるいじゃん。

 だが、人に物を教えるのはそれなりに労力を要する。


「タダでとは言いません。だから戸村さん、雇われてください」

「雇う?」


「はい。両親には言いました。家庭教師を雇いたいと」

「…………なるほど」


 確かにあの相談の流れだったら、一番頼みやすいのは俺か。マヤさんは忙しそうだし、古河は「ノリで解くんだよ!」とか言い出しそうだし。

 その点俺なら経験もあり、時間の余裕もある。


 バイトを辞めはしたが、ゲームのためを思うと収入は必要だ。単発とかで稼ごうと思っていたが、条件によってはこれを受けるのもいいかもしれない。

 とはいえ中学生相手に報酬の話をするのも気が引ける。


 問題はどれくらい働くかだな。

 場所は自宅だから、通勤時間は無し。時間だってわりと柔軟に変えられるだろう。すぐに聞けるという好条件なので、成績を上げるという面ではこの上ない――


「受けてみようかな」

「いいんですか!」


「とりあえず、お試しって感じで。教え方の相性もあるだろうし」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 ぺこっと頭を下げる七瀬さん。俺も一礼して、「よろしくお願いします」。


「戸村先生って呼んだほうがいいですか?」

「その称号は重すぎる」


「じゃあ、先輩ですね。さっそくお願いしていいですか? せんぱい」


 間違っちゃいないが、むず痒い言葉だ。

 気まずさが伝わったのだろうか、七瀬さんは面白そうにニヤニヤしている。悪い笑み。ちょっとマヤさんに似ている。


 そう呼ばれるようなことはしていないし、これからもしないつもりだけど。とりあえず、背筋くらいは伸ばしてみる。


「セーブしてからね」

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― 新着の感想 ―
[一言] ゆずちゃんに「せんぱいっ♡」って呼ばれるなんて… えっ?♡は無い?w あのゆずちゃんに…想像すると、俺の背中もムズムズしてくるわ( *´艸`)
[一言] 本当は、借地借家法で大家さんの立場はそんな強くないのよ…って、ルームシェアって借地借家の適用受けるのかな? 知らない。 まあ、塾の準備していたのを見られたというのが伏線ですよね。妥当な関係…
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