31話 疲れた人たち
昼食にソーキそばを食べて、アメリカ色強めの商業施設に移動。車で行く最後の目的地は、アメリカ色強めの商業施設。自由行動の宣言を出した瞬間に古河はその場から消滅。七瀬さんと宮野も雑貨屋へ向かってしまった。
「ほう。俺たちが残されましたか」
「元気ね~、若者たちは」
三日目の午後に突入してもなお、穂村荘ガールズの勢いは止まらない。俺とマヤさんの年長者コンビは、そろそろ低速運転になる時間帯だ。ちなみにガールズには、マヤさんも含まれている。念のため。
「水希に関しては鬼気迫ってたわね」
「沖縄からもうすぐ離れるという実感が、食欲を加速させてるんですよ。晩飯も三店舗ぐらいはしごするんじゃないですか?」
「その気になればできるでしょうね」
古河の食に対する意欲は、半年近く一緒に暮らしても底が見えない。あいつだけグルメマンガの住人なのかな、と思うタイミングが多々ある。
七瀬さんと宮野は、雑貨が気になるお年頃だよね。うん。そういうことにしておこう。
「どうします? 俺たちもどっか行きますか」
「そうね。適当なカフェでのんびりしたい気分だわ」
「いいですね。俺ももうあちこち回るのはいいかな。家帰りたい」
「引きこもりの顔が出て来たわね」
「俺は戸村真広ですよ」
「インドア系の代名詞を自称するとは、大きく出たわね。まあいいわ、じゃあ行きましょうか」
「イェス、ボス。仰せのままに」
なにげにマヤさんと二人で行動するのは珍しいので、なんだか不思議な感じだ。この旅行の間はとくに、俺たちは保護者としての役割も担ってきたし。ばらばらに行動することが多かった。二人だけでまったりするのは、初のことだ。
「どの店に入ろうかしらね」
「ご指示を」
「ちょっとは意思表明しなさい。あたしは水希とは違うんだから」
「すいません、俺、古河に甘やかされすぎてました」
飲食店は古河の選んだところにしか行っていないせいで、自分も考えるという発想がなかった。あいつに聞いたら、ノンストップで十分くらい情報が出てくるからさ。自分で考えるの、やめちゃうよね。
「甘い物が食べたい? 飲み物があれば満足?」
「飲み物だけで十分です」
「そう。なら入る店はどこでもいいわね。最初に目に入った、座れるところにしましょう」
「アイサー」
こういうとき、ぱぱっと物事を決めてくれるのがマヤさんの格好いいところだ。俺がのほほんと突っ立ってたら、カフェを探すだけで集合時間が来る。
宣言通り、入り口のすぐ側にあった店に入ってカフェモカを注文する。マヤさんはアメリカンコーヒー。二人揃って観光モードはいったん終了。すぐに運ばれてきたドリンクをストローで飲んで、一息つく。
「沖縄旅行ももう終わりですか」
「短かった?」
「んー、どうでしょうね。短かったといえば短かったような気もするし、長かったような気もするって感じです。現に今、疲れ果てて座ってるわけですし」
「そうね。体力的にはそろそろ限界よね」
「でもやっぱ、帰ったら短すぎたって思うんだろうなぁ、と」
「そんなもんよねぇ。人間って」
中身のない会話をしながら、ぼんやりと外を眺める。見覚えのある明るい髪色が、軽やかなステップで通り過ぎていった。
それを見送ってから、マヤさんが小さくこぼす。
「レアモンスターみたいな素早さね」
「――ふっ」
「あ、笑った」
「今のはちょっとずるいですって」
経験値とかレアドロップの入るありがたい敵。ターン経過で脱走するから、その前に倒さないといけないタイプ。
「悠奈がモンスターだったら厄介そうよね」
「仲間のことをめっちゃ庇ってきそう……」
「柚子は?」
「状態異常付与してから高火力全体魔法使ってきそうですね」
「じゃあ、私は?」
「正統派ラスボス」
「家賃五倍の魔法よ」
「ぐっ……なんて負荷だ! 家賃上昇はデバフの中でも最強」
月一で必ず来る支払額が増えるのは、どう考えても重たい。毒とか麻痺のがまだマシだし、なんなら睡眠は眠れない現代人の味方。
「真広はそこそこの中ボスって感じよね」
「またまた、過大評価が過ぎますよ。最初の草むらで無限湧きさせてください」
「始まりの森のマヒロ」
「うーん、ちょうどいいですね」
冒険者の皆には、俺を踏み台にして頑張っていってほしい。レベリングのためなら犠牲になるよ。
しかしこうしてみると、我々穂村荘はモンスター適性が高い。社会の敵は、俺だけだと思ってたけど、案外そうでもないのか?
「そういえば真広、最近あんまり倒れないわね」
「倒れる……ああ、そういえばそうですね」
去年の冬からしばらくの間は、人と関わると過剰なほどに疲労がたまってしまっていた。その結果、引きこもることで体力を回復するしかなかったのだが……最近は、あまりそういうこともない。
「耐性がついてきたのかしらね」
「どうなんでしょうね。穂村荘の外に出たらどうなるかわからないし。まあ、とりあえず進歩はしてるのかな」
とかいって、帰ったら爆速で部屋に閉じこもったりして。その辺は自分でもよくわからない。
疲れる。というのも、元々の俺が持っていた性質ではないし。いろいろあって、抱えたデバフ。なら、時間経過で解除されるものなのか。
解除されたら、俺はまた、昔のように誰かの中に混ざっていきたいと思うだろうか。
今度こそ、上手くやれるだろうか。
……いや、違うな。
上手くやろうなんて、もう思わない。人に交ざるのが下手くそな人たちに出会って、そういう人たちを好きになった。それが俺が得た物だ。
だから、これは――
「進歩ってことでいいんじゃないかしら」
アメリカンコーヒーを飲んで、力の抜けた笑みを浮かべるマヤさん。
「進歩、ですか」
どうしてもその言葉は、しっくりこなくて。
すれ違うように頭の中に、その答えが浮かんでくる。
「あの、マヤさん」
それはずいぶんと、挑発的な言葉だと思う。けれど俺がそのとき言いたかったことは、紛れもなくそれだった。
「俺、わかった気がするんです。マヤさんが穂村荘をやってる理由」
「そ。よかったじゃない」
マヤさんは僅かに視線をそらし、空になったグラスを揺らした。
その先の言葉を、俺は呑み込んだ。核心に触れるだけの覚悟はまだない。残ったカフェモカを飲み干して、集合時間まで意味のない会話をした。




