30話 クラス:親友
無事に二周目のハブ園を満喫した俺たちは、のんびり歩きながら集合場所を目指す。
「やっぱさ、毒持ってる生き物っていいよな」
「うむ。生存競争の中で獲得した武器は、どれも素晴らしいものである」
「その点人間って、ちょっと弱そうな見た目してるよなぁ」
「なにを言うかトム先輩。人間は頭脳に特化することで、これほど繁栄することができたのだぞ。これほど良い武器があるか」
「ま、そうだけどさ。でもやっぱり、ゴツい爪とか鋭い牙とか、触れたら痺れる毒とかも欲しいわけよ」
「むむぅ。ボクは別に、人類は今のままでいいと思うのだが」
「俺のがガキなんだろうなぁ」
さっきは言わなかったけど、一番欲しい武器は目からビームです。嫌いな教授が授業してるときにビーム撃ちたい。目から出れば絶対に外さないし。
「トム先輩はガキなどではない。立派な大人だ」
「立派な大人も嫌だよ。プレッシャーで潰れる」
「潰れそうなのは、背負おうとしているからだろう?」
「うーん……そうなのかなぁ」
首を回して、酸っぱい顔をしながらうなる俺。宮野が言っていることは、的を射ているような気もするけど。じゃあ俺が大人かというと、それは拒否したいと心がわめく。わめいてるうちは、大人になりきれない。
でも、そういうのっていきなり変わるもんじゃないし。案外俺も、じわじわ変わってるのかね。
「やめようぜ。旅行中だし」
「では、話は戻るが、トム先輩よ」
「おう。どうした、宮野よ」
「親友とは、つまり友人の中で最も地位が高いということか?」
「地位高いは言い過ぎな」
「では、トム先輩の中でのランク、トムランク上位ということか」
「トムランク、響きがキモすぎる。いつの間にそんな概念作ったんだよ」
「ボクは入賞する可能性があるだろうか」
「トムランクなんて言ってるの、世界でお前だけだよ」
「不戦勝であるな」
「お前はなにと戦ってるんだ?」
初代トムランク王者になるのは構わないが、賞金ゼロ円。あるとすれば、俺が首を傾げるだけの表彰式。不毛なことこの上ない。
これはあれか。いきなり親友なんて言ったから、宮野の頭がバグったのか。
バグっても平常運転。平常運転こそが異常運転。みたいな生物だから、いまいち判定ができなかったが、どうやら今はバグっているようだ。
「親友ってのはあれだよ……つまりな、あれだ。あれなんだよ……」
どうにか収まりのいい言葉を絞り出そうとするが、思いのほか出てこなくて人差し指をうろうろさせる。宮野は俺の指先をじーっと見つめていて、止まるとピタッと止まる。面白くて素早く動かしたら、スッと機敏に彼女も反応する。
だが、そんなことをしても答えは出ない。おとなしく白状することにした。別に、完璧なトム先輩である必要はないのだ。どうせ宮野の脳内で補正してくれる。
「ごめん。俺、親友いたことないから……正直なところを言うと、上手くは説明してやれない」
計画性のなさ。語彙力のなさ。反省すべき点はいろいろあって、肩を落とす。
宮野はなにも言わない。俺はその顔を見ないで、ポケットに手を入れた。
「でも、俺が一番はっちゃけられるのは宮野といるときなんだよ」
「ふむ。なるほど……それは、つまり、親友ということではないか?」
「そうなんだよな。親友になっちゃうんだよ」
「ボクも同じだ。トム先輩を前にすると、いくらでも無茶を押しつけていい気がしてくる」
「うーん、理不尽を感じる」
それ友情にカウントしていいやつか? まあいいか。被害受けるのも俺だけだし。俺は今のところ、全部面白がってるだけだ。
宮野は胸に手を当て、うやうやしく頭を下げる。
「では、暫定的に親友という役職を拝命しよう」
「おう。よろしく頼む」
「なあ、トム先輩」
声をかけてきたものの、宮野は続きの言葉を言いよどむ。足を止めると、彼女も止まった。視線をふらふらと泳がせる。そんな姿を俺の前で見せるのは珍しい。まだバグった脳は戻ってこないみたいだ。
「そ、そのだな……親友としての役割を全うするために、早速なのであるが。今度、どこかへ遊びに行かないか、と」
「どこ行く?」
「いや、ボクとしてはどこでもいいのだが」
「んーじゃあ、無難にビッグバンハンバーガーか?」
「無難とは?」
俺と宮野といえば、胃袋崩壊RTAこと巨大ハンバーガーだと思うのだが。ちょっと認識違いだったらしい。
「ま、帰ってから話し合おうぜ。遊びに行くのはいつでもいいよ」
「うむ。柚子くんや水希さんに予定を聞いておく」
「他のメンバーも呼ぶのか」
「や、トム先輩の予定をだな」
「俺の予定は俺に聞け」
「善処しよう」
何回言えばわかってもらえるんだこれ。穂村荘の邪悪な文化の一つ。意味もなく外堀だけ埋めるのはやめてほしい。本丸落とさないと意味ないからね。俺が極度の暇人だから成り立ってるだけ。
いつものような馬鹿話をしていたら、古河たちの姿が見えた。手を振ると、向こうも気がついたみたいだ。
さて、宮野と七瀬さんは大丈夫だろうか。
ま、俺が気にしてもしゃーないよな。