21話 いいことだらけ
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水族館に到着。車から真っ先に飛び出したのは、七瀬さんと古河。
「大きな水族館ですね。人がいっぱいです」
「さかなっ! さかなっ! さーかーな!」
信じられるか? さかなコールしてるほうが、もうすぐ二十歳の大学生なんだぜ。
まだ冷静に期待感を持っている七瀬さんに比べ、古河の瞳のなんと曇りなきことか。どうやったらその歳でその輝きが出せるんだよ。
「ま、定番スポットは盛り上がるわよね」
「マヤさん、お疲れ様なのだ」
「ん。悠奈もいい助手席だったわよ」
「ありがたきお言葉。今後も精進しよう」
後部座席の真ん中にいた俺は、最後にぬるっと外に出る。暑い……。車にいたい。でもエンジン切ったから、蒸し焼きにされてしまう。出るしかない。
気分はホラー映画で培養液から外に出されたクリーチャーだ。快適な環境から、一気に過酷な外の世界へ。そりゃ目の前にいる人間を襲いたくなる。
「水希さん。水族館の魚は食べられないですからね」
「ゆずちゃん!?」
「ジンベエザメの味とか、考えちゃだめですよ」
「それは考えるよ! 目の前にある命とちゃんと向き合わないと」
「命との距離感が独特すぎます……」
古河のその理屈だと、俺たちの味も考えられてるってことだよな。その上で、毎日ご飯を食べさせてもらっている。あれ。
もしかして俺、食われる?
いやいや。そんなことはないよな。うん。考えすぎだ。
日陰になっているところに移動して、声を上げる。
「はいはい。集合してー」
真っ先に反応したのは宮野。マッハで俺の元へ来ると、右手を胸に当てて頭をわずかに下げる。続いて七瀬さんと古河が小走りで来て、最後にマヤさんがゆっくり集合。威風堂々とした歩き方が素晴らしい。
「水族館内での行動メンバーを決めよう。五人だと邪魔になるし、絶対迷子になるから」
四人までならなんとかなりそうだけど、五はちょっと固まるには多い。絶妙に難しいところだ。
「2・2・1だろうか」
「1になった人はどんな気持ちで回ればいいんだよ。そんな惨いことしないって」
普通に2・3で分けるに決まっている。
「くじ引きで決めよう。七瀬さんと宮野だけになったら、保護者役を調整するって感じで」
スマホのアプリを使って、順番に引いていく。俺が最後にボタンを押したら、結果発表だ。
「あっ、一緒だね。戸村くん」
「古河か。よろしくな」
大学生コンビの結成だ。思い返せば俺たち、動物園も一緒に回ったよな。動物、水族ときたら次は植物か?
「こっちは悠奈と柚子ね。さあ、ビシバシ行くわよ」
「うむ。かかってこいなのだ」
「水族館のテンションじゃないですよ……」
あっちはあっちでわいわい楽しそうだ。
こっちはどうにかして、古河の食欲を抑えないとな。ここは動物園と違って、食べられる生き物がたくさんいるから。
考え込む俺の視界に飛び込んできたのは、明るく染めた髪を、ふわりと巻いた古河。いつにもましてパッチリした目を、夏の光で輝かせている。
「戸村くん! 私たちも負けてられないよ」
「だな」
◇
別行動にはしたが、入り口は一つしかないので最初は五人で見て回った。
だが、すぐにマヤさんと宮野が「サメ! サメ! デッカサッカナッ! デッカサッカナッ!」と奇声を発しながらどこかに消え、それと一緒に七瀬さんも見えなくなった。
本当は俺も「サメ!? デカ魚!? うぉおおお!」と駆け出したかったが、古河がぼんやりとミニ魚を眺めていたので立ち止まった。俺は大人。心の少年を落ち着かせることが大切だ。
それにしても、古河がこんなふうになにかを眺めることがあるなんて知らなかった。
動物園のときはもっとわくわくしてたし、食に関するときは真剣だ。今はそのどちらでもなく、他の観光客と同じように、ただ水槽を見つめている。綺麗な魚だ。でも、言ってしまえばそれだけだ。
薄暗い空間で、青い照明を受ける。彼女の瞳に映る海は、どこまでも透き通っている。
少しして、古河が顔を上げた。目が合うと、申し訳なさそうにはにかむ。
「……あ、ごめんね。ちょっとぼーっとしてたかも」
「珍しいな」
古河はほわほわした発言こそ多いが、あんなふうに気を緩めている姿はめったにない。
普段から気を張っているわけでは、ないのだろうけれど。古河との距離は、どこか掴みきれないものがある。
「そうかな? そうかも」
ふわりとした輪郭のブラウス。その上から胸に手を当てて、古河は微笑む。
「最近ね、楽しいんだ。昔よりも、いろんなことが楽しいって思えるの」
昨晩のホテルで、「ずっと楽しかった」と古河は言っていた。それはきっと、彼女にとって凄いことだったのだろう。
五人での旅行だ。全員の意見を汲んだから、常に行きたい場所に行けるわけじゃない。その旅を、ずっと楽しいと思えるのは、きっと凄いことだ。
「それでね、楽しいなぁって思うときは、いつも戸村くんがいるの」
水族館の中でなかったなら、彼女の頬の色がわかっただろうか。あるいは、知らないことが救いなのだろうか。
彼女はそっと肩をすくめる。
「不思議だね」
「それは……めっちゃ不思議だな」
そっと視線をそらしたのは、たぶん、俺が弱いからだ。言葉がすぐに見つかったのは、ちゃんと賢くなったから。
「俺も、楽しいときはだいたい、皆が近くにいるよ。縋れるのはゲームだけだって思ってたのにな」
皮肉なものだ。人の温もりを求めていた頃は、状況が悪化していくだけだったのに。
全てを手放して、ただ一つ、差し伸べてくれた手を取った。あの日から全てが上手くいっている。
「いいことあった?」
「いいことだらけだ」
灰色だった人生に、色がついた。光で満ちた。
一度は諦めた俺ですら、誰かの人生に色をつけられることを知った。
「行こうぜ。あっちのサンゴ、綺麗みたいだぞ」
「歯ごたえがありそうだねえ」
「石灰質はやめとけよ。口の中ボロボロになるぞ」
お決まりみたいな冗談を言ってくれる古河と、一緒のリズムで笑った。




