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人生に疲れた俺は、シェアハウスにラブコメを求めない  作者: 城野白
夏 4章 熱は微かに、されど確かに
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20話 後部座席の戸村くん

 レンタカーの手続きを済ませれば、いよいよ沖縄二日目のスタートだ。荷物を後ろに詰め込んで、一斉に乗り込んでいく。ハンドルはマヤさん。助手席に飛び乗ったのは宮野。


「ボクが完璧にナビゲートしよう」

「ナビがあるから大丈夫よ」


「そこをなんとかっ!」

「ナビを壊せと言ってるの?」


 さっそく二人がとんでもない会話をしている。宮野の活躍したい欲のせいで、マヤさんに粉砕されそうになるカーナビ。この二人を前に置いちゃだめだろ。


「おい宮野。俺が助手席に座るから、お前は後ろ」

「なにを言うかトム先輩。あなたはこの旅行中、少し頑張りすぎだ。たまには後ろで休むといい」


「別に助手席でも疲れはとれるよ」


 というか後ろだと、三人でぴったりくっつく形になるから落ち着かない。戸村くんは純情なのだ。いつだっておまわりさんのことを警戒している。


 宮野は俺の目を真っ直ぐに見つめ返してくる。いつになく、強気な視線だ。


「嫌だ」

「嫌だじゃないんだよ。いいからどけって」


「嫌なのだ」


 いつになく透き通ったいい目だ。なんでこいつ、こんな主人公みたいな顔できるの? 言ってることはただの否定なのに。


 ルームミラーを調整しているマヤさんが、面倒くさそうにこっちを見る。


「二人とも、助手席を奪い合ってくれるのは光栄だけど、さっさと決めなさい。じゃなきゃ置いてくわよ」

「ぐっ……」


 淡々としているがゆえに、大人のマヤさんの言葉は緊張感がある。いつの間にかサングラスまで装備していて、完全に姉御の雰囲気をまとっている。俺ごときに反発できるような相手ではない。


「なにやってるのー。戸村くん」

「早く乗ってくださいよ。先輩」


 俺と宮野のやりとりを見守っていた二人も、しびれを切らして口をとがらせている。なぜか彼女たちの間では、俺の後部座席行きが確定しているらしい。


「いや……でもさ……」


 最初に助手席へ飛び込めなかった時点で負けだとは思うが、理性の部分が抵抗する。

 そんな俺の葛藤を飛び越えて、宮野が後ろの二人に声をかける。


「二人とも、トム先輩が逃げないように捕まえてほしいのだ!」

「えっ、戸村くん逃げようとしてたの? だめだよそんなの」

「先輩、なんてことを考えてるんですか」

「や、俺はなにも言ってないんだけど」


 古河に引っ張られて車の中に収容されて、逆側を七瀬さんに抑えられる。ものの数秒で、後部座席の真ん中に封印されてしまった。成人男性がこの位置に座るの、どう見てもアンバランス。


「行くわよ」


 有無を言わさずマヤさんが車を発進させる。助手席に座った宮野がスマホを操作して、車内に音楽を流す。スピーカーから流れる夏らしいメロディと、オラオラ系の男の歌声。


 穂村荘ってこんなイケイケな雰囲気だっけ?


「いいチョイスね悠奈。これは私の青春の曲よ」


 いつの間にかマヤさんはサングラスをかけ、ノリノリでハンドルを握っている。スピードが上がるか、と思ったが法定速度をキープ。安心安全、なんだかんだ、マヤさんが一番ちゃんとした大人だ。


 右隣の古河は、熱心な顔でガイドブックをめくっている。ちなみにこれ、店で売ってるやつじゃない。古河がネットの情報を駆使して、自分で作り上げたオリジナルガイドブックだ。食のことになると、とんでもない行動力である。


 左隣の七瀬さんは、今日の予定を確認してわくわくしているようだ。


 真ん中の俺は、狭くて身動きが取れません。運転席と助手席のあいだから、道の先を観察するくらいしかやることがない。


 だが、これでいい。旅とはただぼーっと景色を見るだけで十分なのである。

 つんつんと、左から突かれた。


「先輩先輩。これから行くところって、あの水族館ですよね」

「そう。巨大な水槽で有名な、あの水族館だよ」


「綺麗な景色がたくさん見られて、世界中から観光客が絶えないという、あの水族館ですか?」

「そう。ちなみに巨大水槽の壁はガラスじゃなくてアクリルでできてるから、水の質量にも耐えられるんだよ」


「アクリルって、プラスチックでしたっけ」

「そう。よく知ってるね」


 俺と七瀬さんの会話に反応したのは、マヤさんだ。ルームミラーでちらっとこちらを見て、緩く微笑む。


「すっかり物知りキャラね」

「黒縁眼鏡でも装備した方がいいですかね」


「INTにプラス2の補正がかかりそうね」

「初期装備……?」


 びっくりするほど小さな上昇値。道具屋で売ってたら絶対に無視するやつだ。

 でも、ボス戦とかになるとそのちょっとの上昇量が響いてくるんだよなぁ。魔法使いだとMP管理も大変だから、知力は上げるに越したことはない。


「戸村くん目悪いの? ブルーベリー食べる?」

「大丈夫。裸眼でも生活できるくらいには見えるから」


「でもマサイ族の方が見えるよ」

「マサイ族の皆さんに追いつきたいって話はしてなかったんだな、これが」


 途中からしか聞いてなかったとしても、解釈がアクロバティックすぎる。マサイ族の食習慣でも調べてたのか? ここは沖縄だぞ。


 古河は指を顎に添えると、


「マサイ族ってブルーベリー食べてないよね。たぶん。なんであんなに目がいいんだろうねえ」

「遺伝子じゃね」


「そっかぁ」


 納得したように頷いて、古河は再び自作のパンフレットに視線を落とす。マサイ族のページではなかった。


「こ、これが大学生同士の会話か……さすが水希さん。数百手先を見通しているのだな」


 まとめるのは宮野。俺たちのことを崇拝しすぎて、全部がいいように捉えられる。俺への尊敬が強すぎて忘れがちだけど、こいつ、穂村荘の全員にこの調子だからすごいよな。逆カルトだろもう。


 マヤさんがぼそっと呟くのを、俺は聞き逃さなかった。


「まあ、バカとバカは紙一重って言うわよね」


 そこに隔たりはないんすよ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です。前回の引きはまだ明らかになってませんね。 昔読んだ少女漫画で、見合い相手の釣り書き見て、「東大出だからバカじゃないね、キ〇ガイの可能性はあるけど」ってのがあったなあ。 色…
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