19話 四秒の致命傷
「うぉおおおおおお! 南国の木!」
声量を抑えつつ、街路樹に向かって爆走する一般成人男性。起きてから時間も経って、今日もエンジンかかってきた。
そんな様子を冷ややかに見守ってくれる七瀬さん。沖縄の太陽だってこの視線は暖められない。最新式の人型クーラー。使用するには先輩としてのプライドを廃棄する必要があります。
「先輩って、ときどき精神年齢が五歳くらいになりますよね」
「逆だよ。ときどき精神年齢が二十歳になってるだけで、ベースは五歳」
「深刻ですね!?」
最近だんだん、振る舞いがゆるゆるになっている気はする。宮野とかマヤさんとか、古河あたりに引っ張られているのだろう。唯一見習うべき七瀬さんの影響が少なすぎる。
「子供のときに子供っぽいことしとかないと、こうなっちゃうんだろうな……。七瀬さんも紅白帽子をウルト○マン被りするとか、修学旅行で木刀買うとかしておいたほうがいいよ」
「男子のやるべきことですよね、それ」
「今の時代、性別なんて関係ない。なあ宮野、裁縫道具は?」
「ドラゴンのやつ!」
「大きいことは」
「いいことだ!」
「素晴らしい。それでこそ俺の後輩だ」
手を叩いて宮野の成長を祝福する。よくぞここまで俺についてきた……いやこれ、俺が宮野側に寄っててるだけか?
「……最初に後輩になったのは私なのに」
むすっとする七瀬さんの、不機嫌ポイントが可愛すぎる。だめだ。しっかりしないと、宮野みたいに倒れてしまう。
「くっ、なんて後輩力。ボクは、なんて未熟なんだ」
なんでも成長のための悔しさにできる思考力、もうちょっと有意義な方向に使ったほうがいいと思う先輩です。
「七瀬さんはほら、後輩であり、生徒でもあるわけだから」
「だからなんですか?」
「……名誉後輩というか、ハイ。後輩の中でもちょっと地位が高い存在です」
だめだ俺、この子に言い合いで勝てるビジョンが見えない。特に七瀬さんの目がマジのときは百パー負ける。マヤさんと同種の圧力を感じる。血は争えないね。
「トム先輩、ではボクは?」
「ん。ただの後輩」
「精進しよう」
こういうときばかりは、宮野の向上心が素晴らしいと思う。流してれば楽なんだよな。
「ちなみに、ちなみになのだが、柚子くん。ボクはどんな先輩なのか教えていただけるかな」
「宮野さんは、そうですね。面白い先輩です」
「――ッッッ!」
「声にならないほど喜んじゃったよ……」
優勝が決まったぐらいの勢いでガッツポーズする宮野。そのまま拳を突き上げて動かなくなった。
興味本位で、俺も聞いてみる。
「じゃあさ、俺は?」
「先輩は先輩です」
「純度百パーセントかぁ」
濃縮還元じゃないといいな。とか思ったり。
◆
――あれ。
なんでもない日常の、なんでもない会話だった。その途中で、彼女は四つ数えた。
なぜそうしたのかは、彼女自身にもわからない。魔法がかかっていたのかもしれない。
この場合大切なのは、理由ではない。数えてしまった。そのことだけが重要だ。
それが彼女の、致命傷になる。
 




