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人生に疲れた俺は、シェアハウスにラブコメを求めない  作者: 城野白
夏 4章 熱は微かに、されど確かに
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16話 沖縄マジック

 ホテルから出た俺たちは、バスで移動して首里城の観光をした。消失してしまった正殿は復旧作業中で、例によって豆知識おじさんと化した俺があれこれ解説。七瀬さん納得。宮野はマヤさんとあちこち動き回っていた。古河? さんぴん茶飲んでた。


 首里城で観光と言えば、城だけに目が行きがちだ。しかし実際は、その周りの道にも歴史がある。ついでに言えば、美味しいお店もたくさんある。


 古河はあっちこっちで買い食いをし、天下無双の笑みを浮かべている。女性陣はそれに付き合ったり、付き合わなかったり。さすがに古河のペースに合わせられる人はいない。


 ちなみに古河も、普段はそんなに食べる方じゃない。ただ今回の旅行は別らしく「ここで食べねばいつ食べる。食こそ我が覇道なり。だよ!」と尋常ならざる意気込みで語っていた。


「真広はなにも食べないのね」


 気配を消していた俺に、アイスを持ったマヤさんが話しかけてくる。もしかしてあのアイス、見えないものを見えるようにする力があるのか。あるいはマヤさんが俺の隠れたいオーラを感知したのか。


「いやはや、それに気がつくとはさすがマヤさん。恐れ入りました」

「馬鹿にしてんじゃないわよ。それくらい気づくわ」


 冷たくいい放つマヤさんの後ろで、約一名「ぼ、ボクは全く気がつかなかった……」と絶句しているやつがいた。大丈夫。お前はなにかに気がつくことのが少ない。


「沖縄料理は嫌い?」

「まさか。俺は沖縄を心の故郷にしてるんです。お袋の味は忘れても、ゴーヤチャンプルーの味は忘れません」


「仕送り止められても文句言えないわね」

「……というのは誇張で、普通にお袋の味が一番ですけどね」


 危ない。まだ俺の命は、親の手によって維持されていることを忘れていた。手放されればか弱く死に絶える命。二十歳ってもうちょい自立してるもんだと思ってた。


「で、なにを企んでるのか教えて貰おうじゃない」

「企みなんかないですよ。これは警戒です」


 すっと腕を上げて、古河を――否。彼女の腕に下がったお土産の袋を指さす。


「なにに?」

「旅行のお土産を一日目から買うなんて、ちょっと早すぎだとは思いませんか」


「確かにそうかもしれないけど、水希ならあり得ない話ではないでしょ」

「確かにあれはただのお土産かもしれない。俺も本人に聞いたわけじゃないから、確証はない。でも、もしもあれがお土産ではないとしたら?」


「……」


 すっと目を細めて、マヤさんは古河の横顔を見つめる。俺の考えは伝わったらしい。


「普通の人にとっては、お土産は旅行に行かなかった人のためのもの。だがしかし、古河にとっては――?」


 マヤさんが歩きだして、少し離れたところにいる古河と二言三言交わす。回れ右して戻ってくると、特大のため息をついた。


「『夜に皆で食べるお菓子!』だそうよ」

「ほらね。あいつは夕食で終わるようなタマじゃないんですよ」


 そこに食べ物があれば、まず食べてみたいと考えるのが古河という人間だ。あんなに美味しそうなお土産があったら、自分用にも買うだろう。


「真広は夜食のために備えてるってことね」

「そういうことです」


「無駄に賢いって、こういうことを言うのね」

「褒めすぎですよ」


「褒めてないわよ」


 穂村荘年長組の見ている先で、女学生三人はキャッキャとドリンクメニューを見て興奮している。


「見てみて悠くん。あっちのシークワーサー味も美味しそうだよ」

「ぬ。確かにそちらも惹かれるが、ボクはやはり塩ちんすこう味を試してみたいのだ。さきほどのルートビアで挑戦できなかったぶん、ここで」

「そんなところでバランスを取らなくていいと思いますけど」


 ってな具合で。


「こうしてると、悠奈も普通の女子高生よね」

「ですね。自覚してないんでしょうけど」


「若いわね」

「マヤさんだってそんな歳じゃないでしょ」


「そう? 真広には何歳に見えるかしら」

「うーん」


 そういえば、俺はマヤさんの年齢を知らない。わざわざ聞くこともないし、考えたこともない。なんとなく年上の気はしてるけど。そんなに離れてるような気もしない。


「……二十四とか?」

「さあ、どうでしょうね」


 正解発表はないらしい。マヤさんは手から離れる綿毛みたいに、軽やかな足取りでドリンクの注文をしに行く。

 飲み物は俺も欲しいので、後を追ってさっとメニューを見て注文。


「ステーキ味のソーダください」

「トム先輩!?」


 宮野よ。これが食に挑戦することだ。

 お金を払ってカップを受け取り、堂々とストローで一口。冷たい炭酸飲料の爽やかさと、相反するような煙臭さ。謎のしょっぱい成分が、ソーダの甘みと不協和音を奏でて味蕾を破壊する。


「うん。想像通りの不味さだ」

「な、なぜあなたはそんなに満足そうなのだ。不味いのであろう?」


 久しぶりにドン引きの宮野。この姿、会ってすぐに何回か見たきりだから懐かしい。新鮮まである。


「いいか宮野。俺はおかしいから、明らかに不味そうなものがちゃんと不味いと、嬉しい」

「な、なんと……」


 あの宮野が、俺を賞賛する言葉を見つけられずにいる。これってもしかして、めっちゃヤバい趣味だったりする?

 自分の存在がモンスターかもしれない。と思う俺に声を掛けてくれるのは古河。


「戸村くん、前言ってたもんね。面白い食べ物が好きだって」


 無言で頷くと、いつもと変わらぬニコニコ笑顔が返って来る。どんなモンスターだって、古河を前にしたら浄化されるだろう。


「なにかを口にして幸せなのは、変なことじゃないよ」

「オデ……ウレシイ…………」


 森の化物トロール村くんもこれにはにっこり。これからも自信をもって変な味を食べよう。


「やはり大きな人だ。トム先輩。……まだボクは、ほんの少しだって理解できていないというのか」

「俺を理解してなんになる?」


「ノーベル賞に繋がる」

「繋がらねえよ」


 トム先輩のトムトム因子でできることなんて、世界中を無気力にして戦争を無くすことくらいだぞ。平和賞を取れるかもしれんが、同時にニートが量産されて社会が滅ぶ。


 いつものやり取りをする俺たちを見て、マヤさんは呆れたように笑っている。


「また馬鹿なことやってるわね。飽きないの?」


 対して宮野はにこりと笑った。


「うん。飽きない」

「俺はたまに飽きてるけどな」


「またまたご冗談を。トム先輩の瞳の奥が笑っていること、今のボクにはわかる」

「無敵かよお前は」


 大げさにため息をついて、図星なのを誤魔化す。


「そろそろバス乗って戻るか。古河、ここらへんはいいか?」

「だいじょうぶい!」







 夕食は国際通りで食べて、そのままホテルへと帰った。

 各自が部屋で風呂に入ってから、俺の部屋に再集合することになった。やっぱりリビングにするのはこの部屋らしい。


 一人用の部屋なので、椅子は一つしかない。ベッドに五人座るのか。

 男一人、女四人で一つのベッド。


 ……あれ、俺って桁違いのリア充?


「いやいやいや」


 旅行気分で浮かれてるのか? ベッドの上にいっぱい座ったからってなんだ。所詮はソファの代わり。この程度の妄想でそわそわするとは、俺もまだ未熟。


「ちっ」


 舌打ちしてしまうほどに、苛立つ心。

 降りたんだ。俺はもう、そういう感情に呑まれないって決めたんだ。

 それなのに。


「戸村くーん」


 ノックと、ドアの向こうからするくぐもった声。開けるとそこには、ゆったりしたルームウェアを着た古河がいる。いつものパジャマよりずっと無防備で、湯上がりのシャンプーの香りも甘くくすぐる。


「おや、もしかして一番乗りしちゃった?」

「俺が一番だから、二番目」


「ふふっ。確かに。戸村くんには勝てないもんね」


 幸せそうに笑って、古河が中に入ってくる。

 どうしてこういうときに、一番に来てしまうのだろう。なんて思うのは理不尽だ。


 古河は真っ直ぐにベッドに座った。だから俺は、空いている椅子に腰を下ろした。そうだ。こうすればややこしくない。


「ねえ戸村くん。今日は楽しかった?」

「すげえ楽しかった」


「だよね。私もずっと楽しかった」


 わふわふの笑顔でペットボトルの蓋を開けて、飲む。皆で買ったさんぴん茶。

 それからじっと俺の顔を見て、


「なんだろうね」


 と、古河は呟いた。たったそれだけなのに、なぜか俺には彼女の言いたいことがわかる気がした。不思議な感覚だ。


「なんだろうな」


 同じように返すと、頷いてくれた。

 それだけで、胸の真ん中がくすぐったい。


 俺と古河は、共通の話題があるわけじゃない。話のテンポだって違う。

 それなのに心地良い。古河が近くにいると、それだけで心が温かくなる。

 他の三人を待っている間、俺たちの間で交わされた言葉は僅かだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] やっぱり古河さんなのか、と思わせられる今日この頃。
[良い点] マヤさん党だから若く読まれてウキウキなの助かる [一言] 久々の更新感謝です お行儀よく待ってます
[一言] 更新助かる
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