15話 思春期男子かよ
昼食後は国際通りをざっと見て、予約していたホテルに荷物を置いた。
「写真の時点で思ってはいたが、ずいぶんと洒落た建築であるな」
「ザ・リゾート地ね」
天井は高く、全体的に色が明るい。白を基調としつつ、海風を感じる青が散りばめられた爽やかな館内。駆け回る子供も、それに顔をしかめる親も、新婚旅行らしきカップルも。この空間では等しく包み込まれる。
五人組で男一人のこの集団もたぶん、ちゃんと包み込まれてる……よね? 警備員さんがトランシーバーに触ってたのは俺とは関係ないと思う。
「予約してくれたの、先輩なんですよね」
キラキラした目の七瀬さんに、親指を立てて頷く。
時期が時期なので部屋を確保するのに苦労したが、そこは限界オタクの戸村くん。ありとあらゆるサイトを巡回して五人分の部屋を見つけることに成功した。ブルーライトを睨みつけることにおいて右に出る者はいない。
七瀬さんの肩に後ろから手を置いて、古河がにこにこする。
「さすが戸村くんだよ。ここなら地元の飲食店へのアクセスもいいもんね!」
「そんなことは一ミリも考えてなかった、とは言えない俺だった」
「言ってますよ」
ダダ漏らした本音に、律儀にツッコんでくれる七瀬さん。さて、古河はどう出るか。
「なるほど。無意識でこんなベストプレイスを選んだんだね。できる男だね」
「宮野ウイルスが強すぎる……ッ!」
宮野ウイルスに感染すると、なんの脈絡もなく戸村真広の株を上げてしまうようになる。どうにか根絶を試みているが、なにをしても減衰する様子はない。いやほんと、「なぜか」とかで済むレベルじゃないんだよな。おまけに最近は古河にもちょくちょく見られるようになって、一刻も早い治療法の解明が待たれている。
「先輩。人の名前にウイルスをつけるのは良くないと思います」
「ごめんなさい」
すごく真っ当な怒られかたをして女子中学生に謝罪する男子大学生。これこそが俺のあるべき姿だな、としみじみ思う。ほんとか?
フロントで鍵を受け取って、部屋に移動する。
「それじゃ、荷物整理してまた後で」
お互いの部屋は近くて、行き来が容易だ。容易なのは非常によろしいことなのだが。
「なんでお前は俺の部屋にいるんだよ」
「トム先輩! 後生だ! どうか今日ばかりは、柚子くんと寝てくれはしないだろうか!」
「俺を殺す気か!」
要するにいつものやつだ。宮野は七瀬さんと同室になったのだが、それが緊張して仕方ないらしい。思春期男子かこいつは。
「この部屋の床に寝てくれてもいい!」
「なぜお前はベッドで寝ようとしてる!? 俺の部屋なのに!」
「ならば二人で床で寝よう!」
「意味不明っ!」
テンパりすぎてなに言ってるかわかってないのだろう。なに言ってるかわからなくなるまでテンパるなよ……。
「まあ座れよ。俺も準備もう終わるし、話くらい聞いてやるから」
「トム先輩」
「ん?」
「これ、手土産のさんぴん茶とお菓子だ」
「泊まらせねえぞ」
がっつり賄賂を渡してこようとするが、断固として拒否だ。さんぴん茶なら俺も買ったし。
「むぅ。では、逆にトム先輩がボクたちの部屋に来るというのはどうだろうか?」
「どうだろうか? じゃないんだよな」
犯罪臭がマシマシだ。
ショルダーバッグに財布とスマホを入れて、ベッドの上に座る。椅子に座った宮野と視線を合わせ、頬を掻く。
「まったく、相手が俺だからいいものを。他の男だったら誤解されて大事故だぞ?」
「他の男性には、こんなこと言えない」
「そうなのか?」
「そうなのだ」
当然のように力強く頷く宮野。眼鏡の奥にある光は、今日も無駄に知性を帯びている。そこから繰り出される言葉のIQは平均しても20程度。
だから俺も適当に頷いて、頷こうとして、
「ふうん……………………なんで?」
変なところに引っかかってしまった。
再度の質問に、宮野は顎に手を当て俯いた。熟考する様は賢者。発される言葉も、今度は理知的であることを願う。
「トム先輩は特別だからだろう」
「とくべつ……とは」
「一つ屋根の下で暮らし、幾多の苦難を共に乗り越えてきた仲だ。特別に信頼している」
「特別に信頼、か」
要するに、俺は安全だと思ってくれているということだろうか。酷いことをする人間ではないと、心を許してくれているから――
「だから、トム先輩。選んで欲しいのだ」
「そうか。……ああ。わかったよ宮野」
「うむ。あなたの、心からの答えを聞かせてほしい」
じぃっと熱を帯びた視線を向けてくる少女。イケメンなのだが、それは要するに整った顔立ちということで、並の男ならドキッとしてしまうだろう。だが俺は戸村真広。こんなことは日常茶飯事。
極めて冷静に、そして端的に。IQ150の脳がはじき出した答えを告げる。
「お前ロビーで寝ろ」
「ご無体な!」
「俺はベッドで寝られるし、七瀬さんはベッドを二個使える。Win―Winだ」
「登場人物が一人足りない! ボクたちは、Win―Win―Winでなくてはならない!」
「そんなに拒否されたら七瀬さんが可哀想だろ」
「それはそうだが! しかし、柚子くんの寝顔が横にあるなんてボクには、ボクには……っ!」
声にならない葛藤で胸を押さえる宮野。こいつはもう本当にダメかもしれない。
いざというときは交番に閉じ込めておいてもらおう。朝になったら迎えに行くからな。
「トム先輩でも眠れないだろう? 柚子くんの可愛らしい寝顔が横にあったら」
「俺は別の意味でも眠れねえよ」
その状況になったらもう逮捕まで秒読みだ。なんなら罪の意識で自首するまである。
「じゃあさ、古河とだったら?」
「可愛らしすぎる」
「マヤさんは?」
「美しすぎる」
「俺は?」
「熟睡できる」
「遠回しに俺の顔ディスってない?」
「そんなわけがないだろう! トム先輩のご尊顔は有史以来最も猛々しい男の中の男!」
「そんな顔嫌だよ俺」
猛々しくはなりたくないんだよな。体がひょろいから。
まったく、なんなんだこの話は一体。どこまでいっても平行線。解決の兆しが見えない。
「あの……二人とも、声が廊下まで聞こえてますよ」
「七瀬さん!?」
「柚子くん!?」
突如現れたJCに、驚き飛び退きベッドにダイブする俺と宮野。なんで宮野までベッドにダイブしてんだ。
「すみません。ノックしても返事がなかったので、入っちゃいました」
「ああ、そうなんだ。いいよ別に。俺の部屋は実質リビング扱いになると思うから」
七瀬さんは入り口のところに立って、俺から宮野へと視線を移す。
「宮野さん」
「う、うむ」
「私と、同じ部屋で、寝ましょうね」
言葉をしっかり句切って、やけにはっきりした声で言う。有無を言わせぬ圧がそこにはあった。
「も、もちろんそうするつもりだったとも」
「ならいいんです。マヤさんたちも準備終わりましたから、二人も出てきてください」
「「はい」」
女子中学生に叱られてとぼとぼ部屋から出ていく俺たち。これこそ穂村荘のあるべき姿だ。間違いなくね。




