14話 サ〇ンパス!
「戸村くん、サ〇ンパスを飲んでみたいって思ったことはある?」
「さすがにある」
「だよね! あるよね!」
「まさか、飲める場所があるのか?」
「そう。その通りです!」
飯前ハイテンションの古河が振ってきたノリに、勢いよくライドオン。ちなみに俺はなにも知らない。サ〇ンパス飲むってなに? すごい怖いんだけど。
「また変なのが始まったわね」
「先輩……」
マヤさんと七瀬さんの視線が痛い。
マヤさんはこれ事前にネタ合わせしてると思ってそうだけど、これアドリブだから。俺の対応力が為せる技であって、ウケ狙いの痛々しい寸劇じゃないから。
あと七瀬さん、古河をスルーして俺にだけ諦めの表情を向けないで。ちゃんと現実を見て隣のお姉さんも蔑んでほしい。
「これが、高みか」
その横で宮野はなにやら呟いている。相変わらず、命じれば毒でも一気飲みしそうな後輩である。非常に頼もしいが、そんな頼もしさはいらん。
どうやら目的地についたらしく、古河が足を止める。
空港からモノレールを使ってすぐの場所にある、国際通り。ザ・観光地なその場所は、お土産屋や飲食店、エロい店がひしめき合う魔境だ。変態グッズのキャッチには最警戒。男一人と女四人だとマジで気まずくなるから。
そんな国際通りの真ん中ぐらいに、チェーン店とおぼしきハンバーガー屋がある。
古河はその前で足を止め、先のやり取りを俺に持ちかけた。というわけだ。
「じゃん! それがこのお店です。ハンバーガーももちろん美味しいけど、やっぱり目玉はルートビアだよ!」
「ユートピア?」
「違うよ悠くん。それは楽園だよ~」
「な、なるほどであるのかぁ」
幸せな聞き間違いをする宮野に、ウッキウキの古河がツッコむ。かつてないレベルでテンションが高く、宮野が押されている。語尾ブレブレだよもう。
「ルートビア……懐かしい名前ね」
「飲んだことあるんですか?」
隣で腕組みして険しい顔をするマヤさん。静かに頷いて、それ以上なにも言わないのは察せということなのだろう。
「先輩。解説をお願いします」
「俺もネットでチラ見した程度だけど、アメリカ発祥のノンアルコール飲料らしいね。コーラに見た目は似てるんだけど、実際の匂いとか甘さの性質は全然違うらしいよ」
「先輩って博識ですよね」
「オタクの脳にはムダ知識がよく入るんだ」
大学の講義は一ミリも頭に染みつかないくせに、こういう知識は一瞬で記憶できる。逆になってくれれば楽に単位を取れるが、アイデンティティの喪失という痛手を被る。俺はムダ知識おじさんとして大成したい。
「古河も言った通り、味と匂いが湿布っぽいから好みは分かれるらしいけどね」
「先輩は飲みますか?」
「もちろん」
「じゃあ、私も飲んでみようかな……」
俺とマヤさんを交互に見て、思案顔の七瀬さん。
どちらを信じるべきかは、一目瞭然だろう。
「飲んでみます!」
「そうだよね。様子見はしたほうが……え?」
「飲みます!」
「マジ?」
両手の拳をぎゅっと握って、どうやら本気らしい。ちらっとマヤさんを伺うと、
「こういうのは経験よ」
と言っている。マヤさん的にはなしらしいが、特に後悔はしていないらしい。
「宮野も飲むよな」
「ボクは遠慮しておく」
「お前は飲まないんかい」
「湿布の匂いは苦手なのだ」
「そりゃ仕方ない。変に無理しないでよかった」
「鼻づまりだったらよかったのだが」
「したらお前、風邪でお留守番だったろ」
「うっ……上手くいかないものであるな。あちらを立てればこちらが立たず」
「んな」
中身ゼロの悔しさに歯噛みする宮野。とりあえず同意しておく俺。このくらいでツッコんでたら、一日がそれだけで終わってしまう。
店内に入って、バーガーと飲み物をそれぞれ注文。
テーブル席に座って顔を見合わせ、ルートビアを手にした俺、古河、七瀬さんの間に緊張が走る。
「……では、古河いきます!」
先陣を切るのは穂村荘の飯大臣。ストローに口をつけ、吸い上げる。
「……」
真顔。
すとん、と古河の顔から表情が消えた。
食事時にはいつもニコニコしている古河の顔から、一切合切の感情が消え去った。クリスマスにサンタがいないとか、笑わない七福神とか、そういうタイプの虚無を感じる。
瞬きを何度しても、感情が帰ってこない。
試しに俺も一口。
「おっ。なんだ、案外いけるじゃん」
匂いサ〇ンパス、味サ〇ンパス。これが意外と悪くない。ジャンクっぽくて、ハンバーガーによく合う。
恐る恐る七瀬さんも飲んだ。
「あ……私、これけっこう好きかもしれないです」
「癖になりそうな味だよね」
「です。特徴的ですけど、嫌じゃないというか。水希さんは違ったみたいですけど」
古河は真顔で首を傾げながら、ちゅるちゅると飲み続けてはいる。不味いわけではない、のだろうか。
顔の前で手を振って現実に引き戻し、尋ねてみる。
「感想は?」
「頭がね、これは飲み物じゃないって言ってるの。でも飲めないわけじゃなくて、すごく変な感じだよぉ」
「それは……大変だな」
「でも、飲めてよかった。沖縄にこれてよかった……」
「早い早い。まだ一時間くらいだから。これからだぞ」
自分には楽しめないとわかったのが、随分ショックだったらしい。こんなふうに落ち込む古河を見るのは初めてで、新鮮だ。理由が理由なので、一ミリも心配はしないけど。
「先輩も美味しいんですよね」
「うん。俺、こういうの割と好き」
ちょっとおかしな商品を買ったりするのが趣味なのだ。サ〇ンパスの味がする飲み物くらい、別になんてことはない。むしろこれは、よくできている。
七瀬さんは目を細めて、可笑しそうに声を上げて笑った。
「ふふっ。変ですね」
その顔は幸せそうで、なにか言うのは野暮な気がした。俺は黙って頷いて、もう一口ルートビアを飲んだ。
その横で古河は未だ首を傾げ、脳の主張と格闘している。