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人生に疲れた俺は、シェアハウスにラブコメを求めない  作者: 城野白
夏 4章 熱は微かに、されど確かに
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14話 サ〇ンパス!

「戸村くん、サ〇ンパスを飲んでみたいって思ったことはある?」

「さすがにある」


「だよね! あるよね!」

「まさか、飲める場所があるのか?」


「そう。その通りです!」


 飯前ハイテンションの古河が振ってきたノリに、勢いよくライドオン。ちなみに俺はなにも知らない。サ〇ンパス飲むってなに? すごい怖いんだけど。


「また変なのが始まったわね」

「先輩……」


 マヤさんと七瀬さんの視線が痛い。

 マヤさんはこれ事前にネタ合わせしてると思ってそうだけど、これアドリブだから。俺の対応力が為せる技であって、ウケ狙いの痛々しい寸劇じゃないから。

 あと七瀬さん、古河をスルーして俺にだけ諦めの表情を向けないで。ちゃんと現実を見て隣のお姉さんも蔑んでほしい。


「これが、高みか」


 その横で宮野はなにやら呟いている。相変わらず、命じれば毒でも一気飲みしそうな後輩である。非常に頼もしいが、そんな頼もしさはいらん。


 どうやら目的地についたらしく、古河が足を止める。

 空港からモノレールを使ってすぐの場所にある、国際通り。ザ・観光地なその場所は、お土産屋や飲食店、エロい店がひしめき合う魔境だ。変態グッズのキャッチには最警戒。男一人と女四人だとマジで気まずくなるから。


 そんな国際通りの真ん中ぐらいに、チェーン店とおぼしきハンバーガー屋がある。

 古河はその前で足を止め、先のやり取りを俺に持ちかけた。というわけだ。


「じゃん! それがこのお店です。ハンバーガーももちろん美味しいけど、やっぱり目玉はルートビアだよ!」

「ユートピア?」


「違うよ悠くん。それは楽園だよ~」

「な、なるほどであるのかぁ」


 幸せな聞き間違いをする宮野に、ウッキウキの古河がツッコむ。かつてないレベルでテンションが高く、宮野が押されている。語尾ブレブレだよもう。


「ルートビア……懐かしい名前ね」

「飲んだことあるんですか?」


 隣で腕組みして険しい顔をするマヤさん。静かに頷いて、それ以上なにも言わないのは察せということなのだろう。


「先輩。解説をお願いします」

「俺もネットでチラ見した程度だけど、アメリカ発祥のノンアルコール飲料らしいね。コーラに見た目は似てるんだけど、実際の匂いとか甘さの性質は全然違うらしいよ」


「先輩って博識ですよね」

「オタクの脳にはムダ知識がよく入るんだ」


 大学の講義は一ミリも頭に染みつかないくせに、こういう知識は一瞬で記憶できる。逆になってくれれば楽に単位を取れるが、アイデンティティの喪失という痛手を被る。俺はムダ知識おじさんとして大成したい。


「古河も言った通り、味と匂いが湿布っぽいから好みは分かれるらしいけどね」

「先輩は飲みますか?」


「もちろん」

「じゃあ、私も飲んでみようかな……」


 俺とマヤさんを交互に見て、思案顔の七瀬さん。

 どちらを信じるべきかは、一目瞭然だろう。


「飲んでみます!」

「そうだよね。様子見はしたほうが……え?」


「飲みます!」

「マジ?」


 両手の拳をぎゅっと握って、どうやら本気らしい。ちらっとマヤさんを伺うと、


「こういうのは経験よ」


 と言っている。マヤさん的にはなしらしいが、特に後悔はしていないらしい。


「宮野も飲むよな」

「ボクは遠慮しておく」


「お前は飲まないんかい」

「湿布の匂いは苦手なのだ」


「そりゃ仕方ない。変に無理しないでよかった」

「鼻づまりだったらよかったのだが」


「したらお前、風邪でお留守番だったろ」

「うっ……上手くいかないものであるな。あちらを立てればこちらが立たず」


「んな」


 中身ゼロの悔しさに歯噛みする宮野。とりあえず同意しておく俺。このくらいでツッコんでたら、一日がそれだけで終わってしまう。

 店内に入って、バーガーと飲み物をそれぞれ注文。

 テーブル席に座って顔を見合わせ、ルートビアを手にした俺、古河、七瀬さんの間に緊張が走る。


「……では、古河いきます!」


 先陣を切るのは穂村荘の飯大臣。ストローに口をつけ、吸い上げる。


「……」


 真顔。

 すとん、と古河の顔から表情が消えた。


 食事時にはいつもニコニコしている古河の顔から、一切合切の感情が消え去った。クリスマスにサンタがいないとか、笑わない七福神とか、そういうタイプの虚無を感じる。


 瞬きを何度しても、感情が帰ってこない。

 試しに俺も一口。


「おっ。なんだ、案外いけるじゃん」


 匂いサ〇ンパス、味サ〇ンパス。これが意外と悪くない。ジャンクっぽくて、ハンバーガーによく合う。

 恐る恐る七瀬さんも飲んだ。


「あ……私、これけっこう好きかもしれないです」

「癖になりそうな味だよね」


「です。特徴的ですけど、嫌じゃないというか。水希さんは違ったみたいですけど」


 古河は真顔で首を傾げながら、ちゅるちゅると飲み続けてはいる。不味いわけではない、のだろうか。

 顔の前で手を振って現実に引き戻し、尋ねてみる。


「感想は?」

「頭がね、これは飲み物じゃないって言ってるの。でも飲めないわけじゃなくて、すごく変な感じだよぉ」


「それは……大変だな」

「でも、飲めてよかった。沖縄にこれてよかった……」


「早い早い。まだ一時間くらいだから。これからだぞ」


 自分には楽しめないとわかったのが、随分ショックだったらしい。こんなふうに落ち込む古河を見るのは初めてで、新鮮だ。理由が理由なので、一ミリも心配はしないけど。


「先輩も美味しいんですよね」

「うん。俺、こういうの割と好き」


 ちょっとおかしな商品を買ったりするのが趣味なのだ。サ〇ンパスの味がする飲み物くらい、別になんてことはない。むしろこれは、よくできている。

 七瀬さんは目を細めて、可笑しそうに声を上げて笑った。


「ふふっ。変ですね」


 その顔は幸せそうで、なにか言うのは野暮な気がした。俺は黙って頷いて、もう一口ルートビアを飲んだ。


 その横で古河は未だ首を傾げ、脳の主張と格闘している。

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― 新着の感想 ―
[一言] 子供が沖縄行ったときに飲んでいたらしいルートビア。帰ってからもカルディで買っていたけれど、まあ常飲するほどには嵌らなかったような。 いよいよ沖縄観光の始まりですかあ。
[一言] 東京だけどなぜか近所のスーパーに売ってるのよね。たまに飲むぐらいでちょうどいいサロンパス、グルシャンの亜種的な感じがする
[良い点]  更新キタァ!  彼らの会話のテンポがすごく好き。
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