13話 来ちゃった
「ドゥワッ! 沖縄ッ!」
「元気ね」
飛行機を出てすぐに興奮を抑えられなくなった俺に、マヤさんが落ち着いた返しをしてくる。年長組は穂村荘ガールズと違って体力がないので、機内ではほぼ寝ていた。その影響もあって、マヤさんのテンションは低めである。
まあぶっちゃければ、俺もまだ頭は回っていないが。
「到着したらこれだけはやろうって、ずっと前から決めてたんです」
「もっと他にあるでしょう」
「あとウミンチュTシャツも買おうかなって」
「気分が完全に修学旅行ね」
「そういうマヤさんは、なにか楽しみにしてるものはありますか?」
「ありとあらゆるものよ」
「背中でっけえ……」
誇らしげに胸を張る我らがビッグボス。これが大人の余裕ってやつか。
流れに乗って歩けば、手荷物の受け取り場へ到着する。前列に座っていた三人は既にレーンを眺めている。近づいて行くと、まず七瀬さんが気づいた。次いで古河、宮野とこっちを向いて手を振ってくる。
腕組みをして、わざと鷹揚な調子で話す。
「やあやあ諸君、空の旅はいかがだったかね」
「うむ。トム先輩のおかげで事故もなく、無事こうして着陸することができたな」
「もはや宗教よねここの関係は」
「です」
あまりに異様な俺たちの会話に、引き気味のマヤさんと七瀬さん。俺? 俺はもう慣れたよ。古河? 聞いてないよこんなアホの会話。
「お腹空いたなぁ」
ほら、顔だけこっち向けてなんか呟いてるもん。なんでこの子俺のほう見て空腹アピールしてんの? おじさんなんでも買ってあげちゃうけど。
「先輩」
「ん?」
「飛行機って、すっごく速いんですね」
「俺じゃなきゃ見逃しちゃうくらいにはね」
「なに言ってるんですか?」
「いや、なんでもない」
ジェネレーションギャップとは恐ろしいもので、普通になにも伝わらなかった。っていうか女子相手だと同年代にも伝わらない可能性大。普通に俺がキモオタなだけって話。
「はい。戸村くん」
「おうどうした」
「お腹が空きました」
「知ってる。もう聞いた」
さっき俺の脳に直接届いてきたからな。今さら言われるまでもない。
「空港から出たら、とりあえずお昼ね。悠奈」
「御意。ルーレットの出番というわけだな」
ぱっと宮野がスマホを取り出し、事前にインストールしていたアプリを起動する。古河を中心に作った『食べたいものリスト』をルーレットにして、無作為に選ぶのがこの旅の方針だ。
人差し指に気合いを込めて、眼鏡の奥の瞳をキラリと光らせる少女。
「それでは記念すべき第一回を――ぽちっとな」
タップ一つで回り出す。全員の熱視線を受けて、果たしてルーレットが止まったのは『ハンバーガー』だった。
「…………」
静寂。
え、これって当たりなの?
俺はこのルーレット制作に関わってないから、正直よくわからない。沖縄ってハンバーガーが有名なの?
まさかここまで来てマ〇クとはならないだろうけど……。
教えて古河ママ!
「ナイスだよ、悠くん!」
「み、水希さんにそう言ってもらえれば、ルーレットも光栄だろう」
抱きつかんばかりに喜ぶ古河。どうやら、大当たりだったらしい。
ハンバーガー……ビッグバン……うっ、頭が。
古河に褒められ、だらしない顔でにやけながら、どこか複雑そうに息を吐く宮野。
「しかしハンバーガーか……ううむ」
「そのトラウマ、けっこう長いわね」
「「あれは忘れられないです」のだ」
呆れたように肩を落とすマヤさんに、俺たちは揃って抗議の声を上げる。
「あれ以来、この世の全てのハンバーガーがビッグバンしてくるんじゃないかと気が気でなくて……なあ宮野」
「うむ。トム先輩の言うとおりだ。頭ではわかっていても、ビッグバンされて負った傷は癒えるものではない」
「ビッグバンを当たり前のように動詞にしないでもらえるかしら。だいたい、水希が行かなかった時点で行くべきじゃなかったでしょう」
「「うぐっ……」」
真っ当すぎる言葉に、アホコンビは揃って呻く。あの頃の俺たちはまだ若かったのだ。
なんなら古河の知らないグルメを開拓してやる、ぐらいの気持ちですらあった。
「もう俺、古河としか外食行かないっす」
「ボクもだ」
「依存しすぎよ」
そんな会話をしながらも、流れてくるキャリーバッグを見つけて回収する。
古河と七瀬さんは行くお店について、スマホを見ながら楽しそうに話していた。ガールズトークはかくあるべし。
手荷物も受け取ったことだし、空港の外へ向けて歩きだす。
エスカレーターで地上に降りて、自動ドアの向こう側へ。
「わぁ」
七瀬さんが目を輝かせて、何歩か前に出る。古河は足を止め、宮野はその背中にぶつかった。少し後ろから俺とマヤさんも合流する。
夏の熱気が肌を焼く。それと同時に、視界に飛び込んでくる「違う」景色。
宙を走るモノレールと、南国の木。ぱっと見でわかるのはそれだけだが、全体の雰囲気が確実に違っている。
「おぉ……」
「来たわね」
「おわぁ……」
にやりと不敵に微笑むマヤさんの横で、俺は言葉にならない声を発する化物。
先頭にいた七瀬さんがくるっと振り返って、俺たちを見る。
「来ちゃいましたね、私たち」
来ちゃった。
そう。まさしくそんな気持ちだった。