12話 飛行機
「ずっとこの瞬間を待っていたわ」
「待って俺もしかしてピンチ?」
飛行機に乗り込んで、俺とマヤさんは肩を並べていた。
荷物をしまって俺が窓側に座り、シートベルトをして逃げ場を失った。開口一番に、先の言葉である。
その他の女子ーズは前の三席にいて、真ん中で宮野がおろおろしている。なんであいつ、百合の間に挟まっちまった男みたいな顔してんだろ。
混乱して眼鏡をくいくいしている後輩を助けてやりたい気持ちはあるが、こっちはこっちでピンチである。マヤさんのさっきの発言が不穏すぎて夜も眠れない。
「簡単に逃げられるとは思わないことね」
「逃げなきゃいけないことが起こらないことを祈るばかりです」
飛行機の入り口が閉まっていくのを見て、マヤさんが微笑む。獲物を追い詰める狩人の目をしている。
「真広は気がついていないようね」
「……各メーカーの新作発売日じゃなかったはずですが。まさか、新作ソシャゲの情報解禁ですか?」
「ブレないわねー」
いっそ呆れた目で俺を見てくる。どこか七瀬さんぽさを感じるあたり、さすがは血縁者といったところか。
「考えてみなさい。この状況、珍しいと思わない?」
「確かに。天気のいい日に俺が外に出てるのは珍しいです」
「引きこもりの話はしてない。人の配置よ」
どうやら違ったらしい。となると、俺個人のことではないか。
ふむ。俺とマヤさんが二人ペア、というのだって別に珍しくはない。穂村荘で二十歳を超えているのは俺たちだけなので、酒を飲むとしたら必然的にこの二人になる。
となると、女子ーズか?
「でも、最近けっこうあの三人でも仲良くしてますよね」
「そうだけど、そうじゃないのよ」
「ん……、ああ。なるほど」
少し考えればわかった。さっきも思ったことだ。
真ん中に宮野がいる。
「一人ずつだったらいけるけど、二人同時はキツそうですね」
「そういうことよ」
「なんでまたあんなことに」
「さあ? でも、面白いじゃない」
そう言ったマヤさんはにんまり笑う。清々しいほどに邪悪。一周回って清々しい。
「大家様も悪ですのぅ」
かくいう俺も、あのJKがあたふたする様子を見ているのは楽しい派だ。普段から俺をぶん回している宮野だが、彼女が本当に輝くのは振り回されているときだ。と勝手に思っている。
「悠奈のあれも、だいぶマシにはなったんだけれどね」
「最初はひどかったですから」
七瀬さんと古河を神格化して、近づくことすらできなかった。それが今、二人に挟まれても生命維持ができている。
「その理由を解明するため、アマゾンの奥地にでも行きますか」
「真広は日本の奥地に行ってきたでしょう?」
「人の実家を日本の奥地って言うのよくないと思います」
確かに宮野の実家は田舎だったけれども。それでもまだ、秘境というにはほど遠い。本当の奥地はあんなもんじゃない。
……じゃあアマゾンの奥地ってもっとやばくね?
俺みたいな引きこもりが行っていい場所じゃなくて世界樹。
「不可思議と言えば、真広もよね」
「ミステリアス系男子で売ってるので。じきに髪も長めのマッシュにしますよ」
「ふんっ」
「鼻で笑われたっ!?」
「ミステリアスとはほど遠いわね」
ゲーミングミステリアス陰キャ戸村くん(七色に光るよ!)ということでやっていこうと思っていたが、どうやらだめらしい。セルフプロデュースは難しい。
仕方がないので話題を変えよう。俺だって、俺が謎に満ちた男子大学生だとは思っていない。
俺は小学生好きを中学生に公言する男。隠し事などなにもなくて、そのせいで警察との距離がぐっと縮まった。逮捕したのか……俺以外のやつを。って思いながらニュース見てるもんね。
「マヤさんも不思議な人ですよね」
「あらそう?」
心底意外そうに瞬きをするマヤさん。まるで自分は一切の隠し事がない。と言わんばかりの表情だ。
「私ほどオープンな人間もそういないと思うけど」
「ほう。……年収は?」
「五億」
「ヒモとか要りません? 具体的には今年二十歳になったばっかりのゲーミングニートなんですけど」
「あいにく、男にはお金を求めてるの」
「五億の稼ぎがありながら!?」
金への執着が桁違いである。年収五億より上ってもう、本格的に石油王しかいないじゃん。
「やっぱり男は石油の量で語らないといけないわよね」
「器のでかさみたいに言わないでくださいよ。あれもう、日本に生まれた時点で無理ですからね」
「穂村荘の稼ぎを使って、ドバイで男漁りでもしようかしら」
「学生から受け取ったお金の使い方じゃない」
「安心しなさい。マネーロンダリングしてからいくから」
「堅気の人間がすることじゃない!」
麻薬取引のあとにやるやつじゃん。いろんなとこ経由させたりして、出所を不明にするやつ。
「じゃあ逆に、真広は女になにを求めるのよ」
「端的に言えば金、ですかね」
「もう少し詳しく言うと?」
「実家の太さも加味されます」
「清々しいほどに金目当てね。ギター弾いて夢を追いかけたら?」
「そんなステレオタイプなクズいませんって」
「いるわよ」
「え」
「いるわよ」
「あ、……はい」
目がマジだった。あれはちゃんと本物を見てきた人間の目だ。
え、現実って怖くね?
「それじゃ、私は到着まで寝るわ。真広もちょっと休んでおいたら?」
「わかりました。ちなみにマヤさんメンヘラ女も実在しますか?」
「女は八割メンヘラよ」
「ひぃっ」
とんでもない真実を告げ、マヤさんは目を閉じた。
飛行機が動き出し、滑走路で加速する。
ええっと……せっかくだし、あれを心の中で叫んどきますか。
とべよぉおおおお!
書きたいこと書いてるせいでストーリー進まん、が許されると信じてます。(許して)