11話 働かねえって
穂村荘が五人揃って静かにいるなんて死にゲーを初見突破するくらい無理な話で、空港に着くまで車内ではずっと誰かの声がしていた。マヤさんも途中から休むのを諦めて参加し、ツッコミ兼ドライバーとして働く俺の負荷を爆増させてきた。
その結果。
「つかれた……」
「先輩、大丈夫ですか?」
全てを出し切って空港の待合席で座り込む。口から魂が出かかっているので、動こうにも動けない。ちょうど今が生と死の瀬戸際だ。俺の魂はこんにゃくくらい滑るので、立ち上がるとうっかり落としてしまうかもしれない。地面に落ちた魂にも、三秒ルールって使えるのかな。
「大丈夫。ちょっと四人分のボケに疲れただけだから」
「……すみません。つい調子に乗ってしまって」
「七瀬さんはいいよ。宮野は許さん」
力は入らないが、それでも自然と冗談が口をつく。
「ところで、七瀬さんは古河たちに着いていかなくてよかったの?」
「はい。コンビニとコーヒーショップしかなかったので。私は大丈夫です」
「そっか」
年上女性三人組といえば、待合室に着くやいなや探検に出発してしまった。古河と宮野は目を輝かせて、マヤさんは目覚ましのコーヒーを求めて。俺は疲れていたので荷物番を買って出て、七瀬さんも残ったという形だ。
「いまのうちに少しでも勉強しようと思って」
「おっ、偉大」
「褒め方が大げさですよ」
つんと唇を尖らせる七瀬さんに、肩をすくめてみせる。
「それは失礼。じゃあお詫びに、軽く授業でもさせてもらおうかな」
「いいんですか」
「座って話すだけだからね」
「お願いします」
「せっかく沖縄に行くわけだから、気候とか歴史あたりを軽く思い出したらいいんじゃないかと思ってさ。俺も勉強し直したんだ。その話を少々」
「はい」
受験に関係あることから最近のニュースまで、ざっと頭でまとめたことを話す。七瀬さんはそれに相づちを打ちながら聞いてくれる。話しているこっちも気持ちがいい。
話している間に三人が戻ってきて、周りの席が埋まっていく。
宮野がなにか言ってくるかと思ったが、普通に黙って俺の話に耳を澄ませてきた。それはそれでやりづらい。
「――と、こんなところかな。続きは現地で」
「やっぱり、先輩が一番分かりやすいです」
「うむ。トム先輩の説明は非常に明瞭だな」
しまいには七瀬さんと一緒に褒めてくるので、いつもみたいにはぐらかすのも難しい。曖昧に笑って「そりゃよかった」と頷く。
「トム先輩は教師になるのか?」
「やっぱり先輩は先生が向いてると思います」
「や……労働……イヤァ…………」
社会という巨大な暗闇を想像しただけで、内に秘めた小さくてカワイイなにかが漏れでてしまう。どっちかといえば塩をかけられたナメクジ。俺はでかくて可愛くないので。
「まあまあそう言わず、まずは40年」
「しっかり定年までじゃねえか」
「先輩先輩。人生100年時代ですよ」
「定年後も働けって言われてる?」
第一志望はヒモニートだとあれほど言っているのに、後輩たちは俺が当たり前に就職すると思っているらしい。
「言っとくけど俺、古河のとこで一週間働いたのが限界だから。8日目に突入したら四足歩行のモンスターになってたからね」
「いつもとあまり変わらないような気がします……」
「七瀬さんの目には俺が化物に見えてるのか」
「小学生アイドルにお金を貢いでるのと四足歩行は同じくらいだと思います」
「なるほど」
あながち間違いではない……か。
恐れを知らない戸村くんは、普通にアイドル育成ゲームをリビングでやります。七瀬さんに見せるたびにドン引きされるのは、穂村荘あるある。宮野はガン決まった目で推しについて語り出す。
そんな化物2号の宮野は、なぜか腕組みして考え事をしていた。すっと顔を上げる。眼鏡のぶんだけ賢そうに見えるから気をつけろ。どうせこいつはアホなことしか言わない。
「して、トム先輩は卒業後どうするおつもりなのだ?」
「どうしようかな。就活もあんま自信ないし」
「ではボクの実家で」
「就活してえええええ! よっしゃ来年から鬼のようにインターン行くぞ」
「ボクの実家で?」
「絶っ嫌」
なんでこいつしれっと俺を雇おうとしてるんだよ。
宮野のお母さん、バチバチに俺のことを引き込もうとする意思が感じられて怖いんだよな。別に悪い気はしないが荷が重い。超重量過ぎて肩壊れる。
「インターンってなんですか?」
「大学生の職場体験みたいなものらしいよ」
「へえ」
七瀬さんと宮野の手前、まろやかな言い方にしてはいるけれど。実際のところは嫌な話もわりと聞く。就職活動、怖すぎ。
「……やめよう。せっかくの旅でこんな現実を受け止めるのは嫌だ」
「あ、すみません」
首を振って顔を上げると、宮野と目が合った。じっと視線をぶつけ合い、確たる想いを口にする。
「働かないぞ」
「まあそう言わず」
働かねえって。