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人生に疲れた俺は、シェアハウスにラブコメを求めない  作者: 城野白
夏 4章 熱は微かに、されど確かに
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9話 いってきます

 帰省!


 それは大学生にとって、特に語るべきことはなにもないイベントである。

 離れた場所からかつて暮らしていた場所へ戻り、親に顔を見せ、中高の友人と集う。人生において前進も後退もない、ただ振り返るためだけの時間。


 それは大切なものだけれど、今の俺にとっては焦れったい時間だった。


 思い出話に花を咲かせるのは楽しい。

 でも、思い出を作りたい人たちが今の俺にはいるから。

 やることだけやって、すぐに穂村荘へ帰った。







 お盆が終わってすぐの穂村荘は、そわそわした空気が漂っていた。

 家にいる全員があっちこっちへ歩き回り、落ち着かない様子でいる。もちろん、俺もその一人だ。


「日焼け止めよし、着替えよし、充電器よし、ゲーム機よし……うん。忘れ物はなさそうだな」


 キャリーバッグに不備がないことを確認して閉じる。目の前にいた七瀬さんが、呆れたような目でこっちを見ていた。


「一つ余計なものがあった気がしますけど」

「着替え?」


「一番必要な物ですよね!?」

「確かに服なんてコンビニとお土産屋さんで買えるけど」


「向こうで手に入るからオッケーって話じゃないですからね? ゲーム機ですよ、ゲーム機」

「確かにそれも現地で買えるね」


「もうっ!」


 頬を膨らませる七瀬さん。


「持っていってもやる時間ないですよ。重いだけです」

「うぅ……さよなら……さよなら…………」


「ちょっとの間じゃないですか。それくらい我慢しましょうよ」

「依存症の人には優しくてほしいな」


「だったらなおさらです! 先輩のためを思ってるんですから」

「まあ、冗談なんだけれども」


 もう一度パカッとキャリーバッグを開いても、そこに愛用のゲーム機はない。今回はお留守番だ。帰ってきたら思いっきり可愛がってあげるとしよう。


「なんですか……ちょっと心配しちゃったじゃないですか」

「大丈夫だよ。ゲームならスマホでもできるからさ」


「そういう問題じゃないんですけど」


 恐ろしいものを見る目をしていた。とうとう俺、呆れから恐怖に変わったらしい。成長したな。嫌な方にだけど。


「そういう七瀬さんこそ、勉強道具とか持ちすぎてないよね」

「はい。ルーズリーフと単語帳だけです。ボールペンだけあればいいので、筆箱も置いていきます」


「完璧。じゃあこれ、俺のタブレットPC。パスワードは外しといたから、スリープを解除して、デスクトップの『七瀬さん問題アリ』ってファイルを開けば問題が入ってるよ」

「ファイル名に悪意がありませんか?」


「ほんの十割ほど遊び心を加えてみたんだよね」

「全部じゃないですか!」


 すっと指を伸ばして、ファイル名を変えようとする七瀬さん。だが、使い方がわからないらしく、固まってしまう。


「どうすればいいんですか、これ」

「それも勉強だよ」


「じゃあ、教えるのは先輩の仕事です」

「確かにその通りだ。ここのタッチパッドを使ってカーソルを動かして、右側を押し込む。そうすると、いろいろ出てくるから、『名前の変更』ってやつを選択。あとは好きなように打ち込んで」


 こくこく頷いて、「ありがとうございます」と礼儀正しく言い、無慈悲にファイル名を『問題』に変えるJCさん。俺の努力が……。


 七瀬さんはそのままファイルを開いて、中の問題を確認し始めた。

 いちおう全教科、苦手そうな単元に絞ってある。新しい範囲はほとんどなくて、一人で復習する用のものだ。


「先輩、いつの間にこれを作ったんですか?」

「んー。お盆休み、親戚のおじさんに絡まれるの面倒くさかったから、部屋に引きこもってたんだよね。そんとき暇だったから、やってみた」


 酒のダル絡みはとてつもなく面倒なのだ。

 うっかり今の生活について口を滑らせたら、「おっ、お盛んだねえ。真広の嫁はどんな子になるんだろうねえ、うっへっへ」みたいな展開になりかねない。


 そういったことを避けるため、もはや染みついた習性でもある引きこもりを発動。実家に帰っても変わらぬ戸村クオリティ。


「大変でしたよね。……その、ありがとうございます」

「いやいや、いい暇つぶしだったよ。ゲーム機も持って帰ってなかったら、暇で暇でさ」


 七瀬さんはじーっと見つめてきて、それから小さく吹き出した。


「先輩、さっきゲームはスマホでもできるって言ってましたよね」

「それは……まあ、ね」


 バレちまったからには、頬をかいて苦笑いするしかない。

 男のツンデレは流行らないからね。


 俺の窮地を察してか、すぐ近くで荷物のチェックをしていた宮野が入ってきた。


「トム先輩、僕への宿題的なものはないのだろうか」

「俺より頭のいいやつに教えることはない」


「またまた。全人類の最先端を行くあなたより頭がいい人など、この長い人類史でも片手に数えられるほどしかいないだろうに」

「しばらく会わなかった反動で、俺への過大評価がすごいことになってんな」


 口に出すことで発散されるタイプの過大評価であることが判明。冷静に分析してみたけど、意味は一ミリもわからない。怖すぎ。


「ときにトム先輩。ボクもそろそろ、そちらの家に挨拶へ行ったほうがいいと思うのだが」

「なんでだよ」


 ガタッと音がして、七瀬さんが慌ててタブレットを拾い上げる。


「怪我はない?」

「あ、はい。すみません」


「いや、全然いいよ。階段から落としても壊れないから、それ」


 七瀬さんとタブレットが無事なことを確認して、宮野に向き直る。


「ご両親に挨拶を」

「いや、だからなんでだよ」


「いい時期だと思うのだ」

「なに? 俺って宮野と婚姻届出す手前とかだっけ」


「ふっ、トム先輩。続きは署で聞こうか」

「そっちが振ってきたのに乗っただけだろ!?」


 なんで流れるようにポリスメンに突き出そうとしてんだよ。今の発言が聞かれてたら俺が負け――いや負けないな。全然通報してもらって大丈夫ですが。


「単純に、トム先輩のご両親がどんな人か気になるのだ」

「え、戸村くんのお母さんたち?」


 リビングに入ってきた古河が、軽快なステップで近づいてくる。荷物は玄関に置いてきたのだろう。両手は空いていて、目はキラキラ輝いている。


 古河は近くに来るとしゃがんで、視線の高さを同じにした。

 七瀬さん、宮野、古河、壁の並びでぐるっと俺を囲む布陣が出来上がる。攻められやすく逃げ場のない、逆鎌倉幕府が完成だ。


「俺の家族なんて大して面白くもないぞ」

「それは戸村くんの感想だよね」


「もしかして俺、論破された……?」


 古河のふわっとボイスからの、やけに得意げな表情。遅れて気がつく、ふるゆきによって論破されたという事実。


「先輩のご家族ですか……そうですね。私はちゃんとお礼をしないといけない気がします……真剣に」

「いや、勉強は俺が勝手にやってることだし。そんな重く考えないでいいから」


 なんかこのまま押されたら、ここにいる全員紹介することになってしまいそうだ。

 そしたらどうなる? 社会的に終わる。


 なのでこの場は、どうにか終わらせることにした。

 おもむろに立ち上がって、


「マヤさん遅いなぁ」


 と言う。わざとらしいけど、遅いのは事実だ。

 リビングでの集合時刻はもう過ぎている。余裕を持って日程を組んでいるとはいえ、少し心配だ。


「ちょっと見てくるから、荷物外に出しといて」

「「「はーい」」」


 二階に登ってドアを叩く。


「マヤさん、そろそろ出発の時間です」


 部屋の中からガタガタとなにかが崩れる音がした。


「すぐ行くわ」

「大丈夫なんですか?」


「いつものことよ」


 マジか。

 泰然自若としたマヤさんの声に、じゃあ大丈夫だなと思わされてしまう。でも冷静になると、今の音、完全に準備ができてない感じなんだよな。


 少し悩んだけど、大丈夫と言うなら大丈夫だろうと自分に言い聞かせ、玄関から出る。


 車の鍵は起きたときに預かっていたので、荷物の積み込みをしてしまう。

 四人分が入ったところで、階段を降りる音。ドアが開くと、めちゃくちゃ重そうな荷物を持ったマヤさんがいる。


「さあ、行くわよ」

「重そうですね。持ちましょうか」


「夢と希望が詰まってるのよ。ありがとう、任せるわ」


 紳士的に手を出して、キャリーバッグを受け取る。

 何キロだこれ……っ!

 ずっしり左肩にきて、とりあえず腕はもげたよね。


「今日も暑くなりそうね」


 マヤさんはまだ低い位置にある太陽を見て、憂鬱そうに呟く。顔には疲労が滲んでいた。

 おそらく、彼女が今日のために最も大変な準備をしてきた。お盆明けに連休をもぎとるのが難しいことは、想像に難くない。


 というわけで、最初のドライバーは俺。沖縄についても、基本的には俺が中心になって運転することになっている。

 マヤさんの荷物も詰めて、トランクを閉める。


「じゃあ、確認しようか」


 全員で丸くなって、家を空ける前の最終チェック。


「部屋の電気は消した?」

「「「「はい」」」」


「水道は出しっぱなしじゃない?」

「お風呂場、洗面所、大丈夫でした」


「窓は開いてなかった?」

「うむ。すべて施錠済みだ」


「火は消した?」

「は~い」


「よし、じゃあ玄関を閉めたら完璧だ」


 鍵を刺して、ぐるっと回す。ガチャッと手応えがあって、ドアが閉まる。


 新品の黒い帽子を被り直して、そうしたらつい笑みがこぼれてしまう。そしてそれは、俺以外も同じだった。


「さあみんな、思いっきり楽しむわよ」


 最高の旅にしよう。

 そう胸に誓って、穂村荘にしばしの別れを告げる。


「いってきます」

沖縄編・開幕

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― 新着の感想 ―
[気になる点] タブレットpcには、普通タッチパッドは無いとおもふ [一言] きっちり突っ込んでくれる七瀬さんはいい子。 誰を親に紹介することになるのか。 そして沖縄。基地周辺の動員デモを見に行こう/…
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