8話 広がる繋がり
「すまんね田代、古河。俺の木刀好きがとどまるところを知らなくて」
「真広クンは絶対に木刀を買わないタイプじゃないのかい?」
「それは中高時代の逆張り戸村くんだ。今の俺は、あの頃自ら遠ざけた輝きを取り戻すためだけに生きている」
修学旅行の木刀、先生の目を盗んで友達と夜更かし、班行動で勝手に好きな人とデート、制服ネズミランド、文化祭の準備で頼りになる男アピール……あれ、もう二度と手に入らないもの多くない?
「今を生きようよ、トムくん」
「正論きちぃ~」
先に店に向かっていた二人は、滝の見える外の席に座っていた。外の席、遊歩道のすぐ脇にあるスペースのことで、景色がバツグンに良い。
田代の横に座って、利香さんにメニューを渡す。俺? 俺は古河と同じの。それが一番美味いので。
新緑で生き生きした枝の向こうに、荒々しく落ちる滝。迫力はあるが、音は山々に吸い込まれているのか、うるさいとは感じない。
「っていうか景色、ちょーキレイじゃない?」
「だな。古河さんって、料理だけじゃなくて雰囲気にもこだわるタイプ?」
「こだわらないよ」
「あ、……そうなんだ」
すごい。田代が困ってる。あの田代が、人間と会話して困ってる。
古河がすっごい普通な顔で、めちゃくちゃ端的に否定するから。ごめん田代、お前はなにも悪くない。悪いのは食に脳の八割を使用してしまっているうちのママなんです。
俺だったら「だよなぁ」で流せるけど、普通はそうなりませんよね。
改めて、俺たちの会話ってなんかおかしい。
「利香ちゃん、注文決まった?」
「水希とおんなじにする」
「と、思って先に注文しておきましたっ」
「ええっ!? もしかしてテレパシー?」
「嘘でした」
「嘘かいっ! 水希あんた、そんなのどこで覚えたの!?」
楽しそうにコントを繰り広げて、利香さんがキッとこっちをにらんでくる。これはあれですね。私の大事な友達に、変なこと教えてるんじゃないだろうな。の顔です。
「そのボケは俺、あんまりやらないと思う」
「はい。私が自分で考えました」
「私の水希が……っ。薄々思ってたけど、ちょっとずつ変な子になっちゃってるよぉ」
両手で顔をおさえて、さめざめと泣き始めるポニーテール。
「利香さん」
「なによ」
「嘘泣き乙」
「ぶっ飛ばされたいの?」
「優しくぶっ飛ばしてもらえると、Win―Winじゃないかな」
「言ってることめちゃくちゃ! 戸村くんが一番変じゃん!」
「なにごとも一番というのは素晴らしいものだなぁ」
「無敵じゃん……」
ぐったりする利香さんと、それを見て笑う田代。
「戸村くん、そのへんにしてあげて」
「俺がいじめたみたいな言い方やめろよ」
「いじめてたんだろう?」
「まあ、面白かったので」
否定はしない。利香さんは打てば響くから、こっちも生き生きとボケてしまう。
ごめんね利香さん。これからも節度をわきまえて頻繁にボケます。
◇
風流な景色の中で食べるものと言えば、そう、蕎麦だ。ジャパニーズトラディショナルフード、SOBA。
地元産のそば粉を使った豊かな香りの麺を、特製のけんちん汁にくぐらせて食べる。山菜の青い香りと、その奥から溢れ出すうま味がマッチして、一口で勝利を確信する。
「最&高」
「ね。すっごい美味しい」
俺と利香さんが親指を立てて言うと、古河はにっこり笑う。
「いぇい」
ここまで運転した疲れなんてもう気にならない。帰りだって余裕でっせ。
「田代、美味いか?」
「ん、ああ。すっごい美味いよ」
「だから言ったでしょ、水希の選ぶお店はすっごいんだから!」
「どうして利香が自慢げなんだろ。今日はまだなにもしてないよな」
「こ、これからいろいろするんですー。午後の部は私が縦横無尽の活躍で、消えない心の傷をトムくんにつけてやるんだから」
「流れ弾エグくない?」
ついでにのノリで心に消えない傷をつけられる漢。
「利香ちゃんはすごいからねえ。よしよし、すごいすごい」
「うぅ……ママぁ。そう、私は、すごい」
「恥じらいとかないんかこの女子大生は」
流れるように聖母ムーブをする古河にあやされ、ご満悦の利香さん。すごい。とても好きな男の前でする行動とは思えない。
「ねえ真広クン」
「おう。俺にはなにも聞くな」
答えられることなどなにもない。重々しく頷いて、蕎麦をすする。
◇
食後はあたりを散策しようということになって、滝と、その周りにある店を適当に歩く。炭火で団子や鮎の塩焼きをやっている店もあって、当然のように古河はそれを購入していた。
「食べ過ぎると、晩ご飯食べれなくなるんじゃないか?」
「ふふっ、甘いね戸村くん。私には8つの別腹があるんだよ」
「牛もびっくりの複雑構造じゃん」
「夏太りしちゃうかもね」
「聞いたことないって」
その流れだと、古河の場合四季それぞれに太ってしまうんじゃなかろうか。どの季節も魅力的なものが多いんだよ、とか言ってさ。
「まあでも、栄養バランスは整ってるからな。大丈夫だろ、知らんけど」
「だといいけど」
「ん?」
「太るのはやっぱり、嫌だなぁって思うよ」
「そうなんだ」
「長生きしないと、美味しいものが食べられないから」
「確かになぁ」
縁側でお茶でも飲んでそうな会話のリズム。のんびりまったり、焦らずいこうや。
「戸村くんはお団子とか食べないの?」
「古河の作る飯が食えなくなるから、嫌だ」
「わお。嬉しいことを言ってくれるねえ」
「ナンバーワンシェフだからな。ほんまいっつもいっつも世話になっとります」
「いえいえ。君が美味しそうに食べてくれるから、私も作りがいがあるんだよ」
「そうか?」
「そうなのです」
「そうなのですかぁ」
ペットボトルのお茶を飲んで、ふむふむと頷き、ちらっと視線を移動する。
少し離れた場所では、利香さんと田代がソフトクリームを選んでいた。いい感じなのかな。わかんないけど、一緒のものを選ぶってことは相性もいいはずだよね! 知らんけど!
「ねえねえ戸村くん」
「おうおう古河どうした」
「田代くんって、利香ちゃんのこと好きなのかな」
「…………ん?」
思考回路が停止。復旧まで三秒。1、2、3……。
「なんて言った?」
「田代くんって、利香ちゃんのこと好きなのかな」
「古河の口から恋バナが!?」
ちょっと誰か、誰でもいい。誰でもいいから、俺の驚きを共有して欲しい。道を歩いてる適当な人でもいいから――いや、そういうわけにはいかないか。
深呼吸。よし。
「で、なんだって?」
「田代くんって、利香ちゃんのこと好きなのかな」
「ちゃんと三回言ってくれるの、優しさって感じだよな。なるほど……え?」
ひとまず古河がそういう話題に触れたことは飲み込んで、内容を頭に入れて、口からはてなマーク。会話のテンポが悪いったらありゃしない。
「なんでそう思ったんだ?」
「田代くん、今もそうだけど、さっきもあんまり料理に集中してなかったように見えるんだよね」
「すっげえ安心した。やっぱ古河は古河だ」
そんなところから察するとか、やっぱり極めるって大事なことなんですねとか思う。
「戸村くんはどう思う?」
「俺? 俺はまあ……そうだったらいいなって、思うよ。実際のところはわからんけど」
人の気持ちなんてわからない。隣にいる古河がなにを考えているかすらわからない。
だけどこの楽観的な予想が当たって、なんか全部丸く収まってしまえばいいのにな。くらいのことは、願ったっていいだろう。
ソフトクリーム片手に、笑顔でいる二人を見たら、そんなことを思った。
まあ、結局そのあとはなんにもなかったんだけどね。
利香さんの恋愛相談(面倒くさい)は、もうしばらく続きそうだ。




