6話 恋じゃん
大学生グループでどこかに遊びに行くなんて、いつぶりだろうか。前回のことを思い出そうとすると、どうして眉間にしわが寄るのだろうか。
思い出せない、出したくない。記憶のセーブデータを消去したいが、そうすると大学デビューした頃の黒歴史戸村くんも復活するので悩ましい。
今でこそこんなノリであるが、かくいう俺も大学デビュー組である。量産型理系大学生として、勘違い茶髪モンスターと化していた。SNSもやっていた。
学校の先生をお母さんって呼んだときより思い出すのが辛い。傷は深め。後輩たちには大学デビューなどという愚かなことを考えないでいただきたい。デビューするなら生まれた瞬間だ。そこを逃したならこっちにおいで。
まあ、生まれた瞬間とは言わないけれど。
人の性質ってのは、ある時期を越えてしまったら簡単には変えられない。
そしてわざわざ変える必要があるかというと、案外そうでもないのだ。
陰キャなんてさ、周りを見渡せばいくらでもいるじゃん。で、そいつらだっていいやつだったり、ちゃんと面白かったりするわけだ。それを無理して人のいる場所にでよう、一発輝いてみようってのは、愚かだ。
違いは違いであって、優劣を決める要素ではない。
はい。
ボス陽キャ先輩こと、田代玄斗に会う前の自己肯定終了。
「やっ、真広クン。誘ってくれてありがとう!」
「ぎゃぁっ」
あまりに真っ直ぐで爽やかな笑顔に、築き上げた防壁が一瞬で破壊された。
「ん。どうした真広クン。具合でも悪い?」
「自分の醜さに心が痛い」
あんな気持ちのいい挨拶、俺にできるだろうか。いや、無理。
一番頑張って、手を挙げながら「うぃー」だもんな。顔は死んでる。
それに比べてこいつはどんだけ格好いいんだよ。夏らしく日焼けした肌で、たくましい筋肉と嫌みにならない程度のピアス、黒を基調にした男らしい服装。優勝。お前がナンバーワン。
「水希さんも久しぶり。お店のこと調べたけど、美味しそうなとこだね」
「でしょっ!」
そのまま流れるように古河とも意気投合。完全に扱い方を心得ている。さすが人間マスター。
……いや、古河はめっちゃ簡単か。
集合場所の駅前で、予定時刻より五分早く三人揃った。
残る一人は利香さんだが……
「どすこい! トムくん元気してた?」
いきなり背中を叩かれ、やけに張り切った声がする。
振り返るとポニーテールの女の子。
「すげえ。花の女子大生がどすこいとか言ってる……」
「ドン引き!? 驚かせるつもりだったんだけど!」
「ある意味驚いてるよ、俺は」
利香さんからにじみ出る残念オーラがなんとなくヤツと似ていて、一気に冷静になってしまう。こんな時にもちらつくヤツの影。もう俺の脳は侵食されちまってるのかもしれん。
俺の反応が悪いとわかると、利香さんはそのまま古河のほうへ流れていった。
「水希ぃ~トムくんがいじめるよぉ」
「戸村くんはそんなことしないよ」
「わぁすごい信頼。ね、トムくん」
なんで俺に振ってくるんすか。
「な、真広クン」
「…………ま、俺くらいになればこんなもんだな」
田代にも視線を向けられ、挟み撃ちになったので方針変更。調子に乗ってお茶を濁す。けっこう使えるのでオススメ。
無事回避に成功したので、そのまま移動に持って行く。
「揃ったし、さっさと行くぞ」
◇
この日最初のドライバーは、立候補によって俺になった。
超絶テクニックで全員虜にしてやるぜ、とかじゃなくて、面倒なことは先に消化しておきたいタイプ。
「あ、いちおう私も運転できるから、疲れたら交代するよ」
「利香さんマジぱねえ!」
なんなんこのJD、頼もしさが異常すぎる。
ボケもできるツッコミもできる合コンの手配もできる運転もできる。オールラウンダーすぎて、逆にこっちが不安になってくるわ。
「真広クン、俺、ドライブ用に音楽のプレイリスト作ってあるよ」
「どんだけ用意周到なんだよ。……そういうのって適当なんじゃないのか?」
「あったほうが楽っしょ。何種類かあるから、好きなのあったら選んで」
助手席に座った田代が、恐ろしいほど気の利くことを言い出した。
こいつ普段からドライブしてるやつだ。絶対ドライブデート上手いやつだもん。顔見ればわかる。
この車はスマホと繋げばカーステレオで音楽が聴ける仕様で、便利な時代になったなと思う。最近はCD入れたりもしないもんな。
「どんなのがいい?」
「軽く聞き流せるのがあれば」
「洋楽と邦楽では?」
「邦楽」
「オッケー」
音楽の決定権は運転手。運転という重責を負う代わりに、他のあらゆる場所で優遇されるのが運転手という立場である。
大学一年生のみんな、免許を取ろう!
「ほいほい戸村くん、飲み物だよい」
「よいよい。こいつぁ新発売の桃ミルクティーじゃあないか」
「そうだよい」
後ろから渡されたペットボトルを、取りやすい場所にセット。
「…………ん?」
隣で困惑した声を発する田代。
「え、真広クン、今ちょっと傾いてなかった?」
「古河が『よい』って言ったから」
「どういうこと」
「え、どういうことって、……どういうこと?」
ヤバいマジでなにが不思議なのか理解できん。「よいよい」って言われたら普通に江戸っ子で返すよね。俺と古河の間でしかないガラパゴスコミュニケーションじゃないよね。
「はい、これは田代くんにだよー」
「おっ、サンキュー…………」
なんでちょっと残念そうなんだよ。
まあいいや。
「出発するぞ。シートベルトちゃんとしてくれよ?」
いざ、久しぶりのロングドライブ。
◇
大学生のドライブってのは、というかドライブ全般に言えることだが、できる限り海岸沿いを行くものである。海が見えるか見えないかで、車内のテンションもだいぶ変わってくる。
窓を開ければ風がびゅうびゅう吹き込んで、潮の匂いを運んでくる。
眺めの良さそうな場所に休憩所があったので、車を停めて一旦外に出た。
別になにかあるわけじゃない。駐車場があって、公衆トイレと自販機があって、柵越しに綺麗な海が見える。ただそれだけの場所。
けれどこういう時間が、わりと好きだったりする。
「真広クン、運転代わろっか?」
「まだ余裕あるから、帰り頼む」
「けっこう体力あるね」
「免許は最速で取ったからな。慣れてんだ」
軽くなったペットボトルを振って、ニヒルに笑ってみせる。
「わかったよ。んじゃ、俺はトイレ行ってこようかな」
「おーう」
まだいいかなと思ったので、ついて行かずに海の方へつらつら歩く。
ストレッチして全身を伸ばしていると、背中を叩かれた。
「トムくんおっつー」
「うぇーい」
「水希とは最近どう?」
「仲良し幼稚園ひまわり組って感じかな」
「ほうほう……一ミリもわかんないね!?」
「そういう利香さんは。ここんとこ男の気配はあるの?」
軽く聞き返してみると、利香さんはポニーテールごと固まってしまった。
「アワワッ」
「そんなわかりやすく動揺することある?」
たぶんだけど、この反応は『ない』ってことじゃないんだろうな。
知将戸村。ここは一つ、鎌をかけてみましょうかね。
「田代かぁ」
「っ」
「正解しちゃったのかよ……」
「ま、まだなんにも言ってないじゃん! 言ってナッシングエブリシングだよ!」
「落ち着いて、はい深呼吸。スッハッハッ」
「全然深くないじゃん!? そのリズムでやったら酸欠になるよ!」
「フゥゥゥゥゥゥゥッ!」
「ロングブレス!? ダイエットでも始まるの!?」
「落ち着いたな」
「逆にね!」
しかしこんなところに恋する乙女たぁ驚き桃の木桜の木だ。
男女グループで日帰りドライブ。俺のいないところでイチャイチャチュッチュ――うっ、なにか嫌な記憶が。
「どしたのトムくん。顔色がいつも通りだよ」
「恒常的に悪くてごめんね?」
引きこもりゲーマーの末路です。夏の日差しをカーテンの向こうに追いやってブルーライト浴びてます。
「で、トムくんは水希とどうなの」
「それって、田代が古河を狙うとまずいから俺に手伝ってほしいって話?」
「うっ――トムくんって頭の回転速いよね」
「こう見えて恋愛マスターとも呼ばれてるからな」
嘘はついていない。間違っているという点を除けば、非常に正しい。
「と、とにかくっ! トムくんが水希をどうにかしてくれないと。……私じゃ勝てないよ」
「めんどくさっ。やっぱ恋愛ってめんどくさっ」
「ちょっと! めんどくさいってどういうこと!? こっちは真剣に悩んでるのに!」
勢いがよくて、こんなに一生懸命な恋バナを聞くのはずいぶんと久しぶりだなと思って、笑ってしまう。
「古河に勝てないとか、そんなわけないじゃん。恋して足下浮ついて、自分もちゃんと見えなくなってるぞ。恋愛初心者かよ」
「と、トムくんにだけは言われたくない」
「そりゃそうだ」
「そうだって……やっぱり初心者なんじゃん」
「だからさ、俺なんかに期待しちゃだめだろ」
「だって、トムくんしか頼れる人なんていないし」
「利香さんの人脈どうなってんの?」
俺しか頼れないって、どこまで追い詰められたらそうなるんだよ。花の女子大生。もうちょっとキラキラしてください。
「と、とにかく、こういうのは男友達の手助けが必要なの!」
「でも田代頭いいからな。俺が変なことしたら秒で気づくぞ」
「そう! 玄斗は頭もいいの!」
「ベタ惚れかよぉ……」
そこに食いつくのはもう手遅れ人間のやることなんすよ……。
「な、どうしてそんなに可哀想な人を見る目になるかな」
「なんか利香さんって損してそうだなって。まあいいや、じゃあちょっとだけ」
車の方に移動して、先に戻っていた古河に声をかける。
「オッケー古河」
「ぴこんっ」
「小腹減ったんだけど、このへんでなんか買えるものない?」
「ポテトボールっていうご当地グルメがあるよ。チーズと一緒にマッシュしたのを揚げるんだって。美味しそう」
「それ食べたいから、助手席でナビ頼んでいいか?」
「もちもちの木っ!」
はい、完了。
そろそろ古河検定は出題者側に回れそうだ。