16話 バイト!・下
イヤイヤ期!
それは労働二日目でやってきた。嫌だ嫌だ働きたくないやいお外は暑いやいって感じ。
調べてみたら二歳児がなるんだって。
二歳。宮野の弟くんと同い年だ。やったね。
「はたらきたくないでござる……」
「頑張りなさい真広。あんたも立派な歯車になるのよ」
「なにその絶望しかない励ましかた」
「自分より頭のいい人間に敷かれたレールの上を行きなさい」
「自分より頭のいいやつが敷いたなら安心ですね。未来は明るい」
だが働きたくない気持ちは健在。メ○カリで転売してやりたいんだけど、五万円くらいで売れるかな。
「大丈夫だよ戸村くん。君は追い込まれたらやる人だから」
「追い込まないで?」
古河とマヤさんに挟まれニッコリされたら、俺にできることはございません。火の中だって飛び込んでやるぜ。
ということで。
「さあ、今日も張り切っていくよ~」
「うぇ~い」
笑顔の古河に続いて家の外へ。
一瞬で身を溶かしそうな熱を全身に浴びて、反射的に顔がしぼむ。梅干し食べたときみたいな顔をしてしまう。
晴れ渡る空の下、とかいう最高の語感に対して体が受けるダメージは深刻。
やっぱり晴れた日は部屋でゲームに限るぜ。
曇りの日はゲームの青空が見たいぜ。
雨の日は風邪引くから部屋でゲームだぜ。
すべての天候と季節において引きこもる理由を言えます。履歴書に書いてやろうかな。
自転車にまたがって、だらだら進行。
「今日も暑いねぇ」
「夏だもんなぁ」
「戸村くんの好きな季節は?」
「んー。別にないけど、強いて言えば春かな」
「理由をどうぞ」
インタビューみたいな聞き方がおかしくて、少し笑ってしまう。
「今年は楽しかったからさ。ちょっと好きになったんだ。古河は?」
「どの季節も美味しいものがいっぱいだから、選べないよ」
「だと思った」
本日もこぐまに到着。
裏側から入るのは結構好き。働くのはだいぶ嫌い。よし。今日も俺は俺だ。
洗って乾かした制服を着れば、昨日よりしっくりくる。
バイト戦士戸村くん(レベル1)スキル:早退
開店準備を軽く手伝って、既にできている行列にプラカードを持って立ち向かう。
寛容さが上がった気がした。
◇
労働して帰宅、宮野とのわちゃわちゃ、みんなでご飯、七瀬さんとのお勉強、ゲームやって睡眠。
「あれ、俺めっちゃ真面目な生活してる?」
こぐまへ向かってチャリを漕ぎながら、ふとそんなことをつぶやいた。
古河は今日も快適そうに鼻歌を歌っている。ふんふふーんふんふーん。なんの曲かは相変わらずわからん。
そして働きたくない気持ちは相変わらず。ダメ人間は継続中、と。
◇
一週間が経つ頃には、行列もずいぶん落ち着きを見せていた。
俺の帰宅時間はそれに伴って早くなっていき、最終的には到着と同時に帰宅するようになる……なんてことはなく。なぜか店内業務についてもいくつか学んでいた。
備品チェックとか箱詰めとか、古河に流されるまま覚えてたんですけど。なにこれ催眠学習?
外で働いてたせいで店内は非常に快適で。隣にいるのも古河だから、慌てずに仕事できるし。待ってこれほんとに労働? 俺がお金払うべきなのでは? みたいな思考になりかける。
要するに、それほどキツくなかった。意外だけれど。
そんなこんなで約束の期間は過ぎ、帰省していた利香さんも帰ってきた。無事にこぐまは通常メンバーになり、行列も落ち着き、俺の出番は終了。
店長からは「長期でもいいよ」と言われたけど、丁重にお断りしておいた。やっぱり働きたくないでござる。
ヒグマみたいな店長がしゅんとしたのは申し訳なくて、「また忙しかったら」とだけ言ってしまった。変なフラグを立てたかもしれん。今年もクリスマス出勤が見えてきたな。
「――と、言うことで。解放!」
穂村荘のリビングにて、短期バイトを達成したことを後輩組に報告する。
「トム先輩、まさかクビにされてしまったのか?」
「やりきったつってんだろ」
「そうですよ悠奈さん。ここは先輩を褒めましょう」
「拍手するほどではないんだけどね」
パチパチされると恥ずかしさが勝つ。
ちょっとバイトしただけでベタ褒めされるのも抵抗があります。男の子って複雑。
「ともあれ、これで念願のゲーミングPCが買えるのだな?」
「全然足りない」
「そうなのか」
ざっくり調べてみたが、セールでも十五万円近くする。周辺機器も考えればもっと必要だろう。長期の住み込みバイトをして、ようやく手が届くくらい。
短期の軽いバイトでどうにかなるもんじゃない。
封筒で受け取った給料をどうするか、ずっと考えている。貯めていつかパソコンに使ってもいいのだけれど……。
疲れたし、ちょっと休むか。
「ま、俺はちょっと部屋に戻るよ。七瀬さん、今日も晩ご飯の後でいいかな」
「はい。お疲れ様です」
「ん、ありがと」
「また後で、トム先輩」
「おうおう」
手を振ってリビングを出て、自室に入る。流れるようにゲームを起動。やばい。疲れたからちょっと休もうと思ってたのに、気がついたらコントローラーを握っている。
俺にとってはこれが休憩みたいなところあるし、いいよね?
珍しくアクションもののRPGで、けっこう苦戦している。
「あ、また死んだ」
ムズすぎて心折れそう。
「んーぐぐぐ」
何度リトライしてもクリアできず、床に倒れコントローラーから手を離す。
ぼんやり天井を見上げ、そのまま首をごろんと傾けて見た先は――