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人生に疲れた俺は、シェアハウスにラブコメを求めない  作者: 城野白
夏 3章 ちゃんと、君のことを見てるから
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15話 バイト(してない)!・中

 無。


 ソファに座って、無。


「先輩おつかれさまで……す?」

「おや、もう帰ったのか。初陣はどうであったか、お聞かせ願おう……ん?」


 無。

 すべての感情が消えた。


 目の前に二人いる。それはわかる。だが、焦点を合わせない。なにも反応しない。俺は空気。空気は俺。なんか泣きそう。


「まさか……働いたせいで壊れちゃったんですか?」

「そんな、いったいどれほど過酷な業務を……」


「こんなに無感情な先輩、課金しても女子小学生が出なかったときしか見たことありません」

「ああ。それとマルチエンドのゲームでバッドエンドを二周連続で引いたときも似たような顔をしていたが、滅多にあることではない」


 二人は顔を見合わせ、こくりと頷く。


「「救急車を呼ばないと!」」

「やめてくださいお願いします」


 生き恥っつーか普通に社会問題になりそうだったので、スイッチを入れる。

 途端にぱぁっと嬉しそうにする二人。


「先輩が直った!」

「トム先輩に心が宿った!」

「俺ってアンドロイドなの? 人の心を理解したがる悲しい生き物なの?」


「先輩がいつも通りよくわからないツッコミ?をしてます!」

「ごめんね七瀬さん向けじゃないよね。……以後気をつけます」


 現役女子中学生にもわかるような発言を心がけていきたいです。


「やはりトム先輩のツッコミには、和の趣を感じるな」

「そのうち各方面から怒られるぞ。俺が」


 謎の評判を垂れ流しているのは宮野なんだけど、たぶん矛先が向くのは俺なんだよね。世間の厳しいところっす。


「久しぶりに昼間っから動いたから、ちょっと疲れてるだけだよ。ぼーっとしてた」

「幽体離脱してるのかと思いましたよ」


 頬を膨らませる七瀬さん。無の顔を再現してみる俺。


「その顔! なんか怖いのでやめてください!」

「夜の廊下で会ったらやってみようかな」


「先輩のいじわるっ!」

「あはは」


 わりと真面目に怖がっているので、実際にはやらないけどね。

 深夜に廊下を徘徊する恐怖おじさんにはなっちゃいけない。通報されたら網走まで一直線だ。


「で、宮野はなにやってんだ」

「無の顔を練習している」


 七瀬さんの横で、恐怖お姉さんになろうとしているJK。この家においてJKとは残念な人と同義になりつつある。


「悠奈さんはまだ感情が抜けきってませんね」

「むう……。やはりトム先輩は遥か高みにいるのだな」

「上を目指すからたどり着かないんだよ。下を目指せ。俺はそこにいる。……いや、目指さなくていいんだけどね」


 自分で言っててわけがわからなくなってきた。なんなのこの指導。ド底辺体育会系? 市民球場の人工芝を持ち帰るのが夢です(ダメ)。


「下……下、つまりトム先輩は既に一周回ったということなのか?」

「自分でもなに言ってるかわかってないだろ」


「うむ」

「うむじゃないんだよなぁ」


 なんでそんな誇らしげなんだよ。腕組みした宮野は門番みたいなずっしりした存在感を放っている。


「先輩、こんな感じですか?」

「なぜ君まで感情を捨てようとしてるの?」


 暇だったのかな。七瀬さんもぽかーんとした顔をしている。宮野よりは上手いけど、これってただぽかーんとしてるだけなんだよな。開きそうでギリ開かない口がチャームポイントであり、七瀬さんのガードの堅さでもある。


 他の面々だったら問答無用で半開きくらいはやるからな。美意識よりも芸人根性が勝つ人ばっかり。


「柚子くんは上手いな。ボクも見習わなければ」

「そ、そうですか? ま、まあ私もちょっと練習したことありま……んんっ。なんでもないです」


 後半にちょっと聞き捨てならないことがあった気がするけど、七瀬さんがなんでもないって言ったらなんでもないんだよね。

 そういうふうに教育されているので、なにも言わない俺。控えめに言ってちょー偉い。


「では競争だ! どちらがより早くトム先輩になれるか」

「あの、先輩にはなりたくないです」

「あまりに自然な流れ弾」


 だがトム先輩は女子中学生耐性があるので0ダメージ! キモい!


 この場合も悪いやつは宮野です。七瀬さん、そりゃ嫌でしょ俺になるのは。


「先輩、お手本見せてもらえますか?」

「やるんだ。あとお手本って呼ぶのやめない?」


 なんか抵抗あるんだよね。書道かよってなるじゃん。


「ま、いいけどさ……」


 二人からじっと期待の視線を向けられたら、やるっきゃないよね。ここで逃げたら男じゃない。この状況に陥っている時点で、男としては死んでいると言っても過言ではないが。


「…………」


 心を空にし、焦点を外し、脱力。


「さすがです……」

「格の違いを感じるな」


 なんなのこの空間怖すぎ。




「どーん! ただいまだよっ!」




「うおっ!?」


 いよいよ恐怖を感じ始めたところに、帰ってきたのはあふれ出る感情パワー。さすがの俺もスイッチが入る。


「戸村くん! ケーキ忘れてったでしょ!」

「ほわうっ!?」


 びしっと突きつけられる白い箱。うっすらと甘い匂いはケーキのものか、古河の使っている柔軟剤か。


「限定ケーキ! いらないのかなって、店長ちょっと寂しそうだったよ~」

「あ……」


「でも絶対忘れてるだけだって言って、もらってきたからね。みんなのぶん! ご飯の後に食べようね~」

「あ、あ、……」


「いやー。戸村くんがいてくれたから、今日はお客さんもスムーズに入ってきてくれて楽だったんだよ。ありがとね」

「い、いや、あの……」


「また明日からもよろしくね!」

「……あ、ありがとな」


 ものっそい勢いでお礼とかケーキのこととか言ってくれる古河。びっくりするほど圧倒される俺。


「さっきまで無感情だったから、言葉が出てこなくなってますね」

「完全な無、ということだな。さてはトム先輩、禅の者か?」


 また変な経歴が加えられそうになってんな。

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― 新着の感想 ―
[一言] やはりスペシャルケーキのことは忘れていたか… いや、バイト疲れたのね… 同じ労働をしてきても、JDとのテンションの違い…/w JKJCは、そんな彼の形態模写をしても、きっとなにも良いことは…
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