13話 働きます
「先輩が――」「トム先輩が――」
「「アルバイト!?」」
「劇場版の予告かな?」
声をぴったり揃える後輩二人に、落ち着いてツッコみを入れる。
「短期でちょろっと働くだけだから、そんな騒ぐことじゃないって」
「いいやトム先輩。ぜひこれは映画にしよう。三部作で全国ロードショーにしよう」
「俺の生き恥を全国デビューさせないで?」
なんで上・中・下が必要なんだよ。短期つってんだろ。
「先輩がアルバイトなんて……似合わないです」
「七瀬さんは本当に俺のことをよく見てるよね」
「そ、そういうわけじゃないですけど」
マヤさんと同じくらい俺のダメ具合を理解してくれている。理解されている場合か?
「ぼ、ボクだってちゃんとトム先輩の一挙手一投足を見ているぞ。凝視と言ってもいい」
「お前は注視しすぎて全体像が見えてないだろ」
「ふむ。確かにボクは熱中すると視野が狭くなる傾向にある。やはりトム先輩には見抜かれてしまうのだなぁ」
「今の流れで信頼値上がるのバグじゃん」
俺の人生だけブリリアントでシャイニングなリメイクされてる?
もう宮野相手には呼吸してるだけでいいかもしれん。なんもせんのに尊敬してくれるし、勝手になにかしら学んでるもんな。
「でも、どうして急に働こうと思ったんですか?」
「マヤさんにそそのかされた結果だよ」
「ファインプレーですね。後で私からもお礼を言っておきます」
「なんで七瀬さんが俺の労働に感謝してるの?」
すこぶる嬉しそうな七瀬さん。ニートの兄が働き出すことに喜ぶ妹の図ですか?
「しかし、トム先輩が働くとなるとボクたちも大変だな」
「なんでだよ」
「仕事姿を見に行かねばならないだろう?」
「来んな」
行かねばならないだろう、じゃないんだよ。
「先輩の仕事姿は見るしかないですよ。行きますからね」
「ひぃっ」
JKには反論できるのに、JCには悲鳴を上げてしまう戸村くん。この家の力関係は複雑だ。
俺と宮野が底辺で、その上に七瀬さんとマヤさん。古河はふわふわしているが、全員頭が上がらないので実質最強。よし、上手に整理できたな。整理してる場合か?
「あー、働きたくない。ほんとに無理。もう既にキツい」
「いつからなんですか?」
「来週」
「テンション下がるの早すぎますよ……」
「ネガティブは時を超えるんだよ。これ、テストに出すからね」
「職権乱用です!」
ぷんすか怒る七瀬さんに、冗談だと首を振る。
宮野はというと、その様子をやけに落ち着いた様子で見ていた。なんですかその顔は。君が落ち着いていると嫌な予感しかしないのですが。
「ボクもしてみたいな。アルバイト」
「絶対にやめろ。絶対にだ」
宮野と同じ職場とか、考えただけでぞっとする。俺たちの絡みは身内だからいいのであって、他人に見せるにはキツすぎる。
いつものトム先輩アゲアゲ節を人前でやられたら、勢いで切腹してしまうかもしれない。
「なぜだ?」
きょとんとする宮野。理解してないのが彼女らしい。そのらしさは早く捨ててくれ。
そのまま言っても、逆に「いいではないか。トム先輩の素晴らしさを世界に広めるのだ!」とか言い出しかねないので、ちょうどいい理由をでっちあげる。
「バイトなら大学行ってからすればいい。将来できることより、今しかできないことを大切にしたほうがいいと思うからだよ」
「な、なるほど! さすが、先見のトム先輩」
変な二つ名つけられちゃったよ。おまけに弱そうってどういうこと?
「あの……先輩。私もアルバイト、興味あります」
「七瀬さんはもうできそうだね。ちゃんとしてるから」
「ぼ、ボクと反応が違うのはなぜだ! 納得いかない! すごく、納得いかない!」
だってお前ちゃんとしてないじゃん……。
どっちかと言えば俺と同族の宮野。スペックは高いんだけどな。
尊敬する大人、間違ってるし。