10話 女子高生と森の中
「さあ行くぞトム先輩。出陣だ!」
「え、今日?」
夕食後の団らんに一段落がついたところで、宮野がおもむろに立ち上がって宣言する。
行こうと言われてから、なんだかんだ五時間ほどしか経っていない。
「思い立ったが吉日というだろう」
「誘う場合は相手の都合を考えろよ」
「柚子くんの勉強、夜の部はないと聞いたが」
「俺の予定は俺に聞け」
なんで毎度毎度、七瀬さんのほうに聞くんだろう。外堀? 外堀を埋めればいいと思われてる?
「確かにそれも一理あるな」
「全部だよ。なんで一つしかないと思ったんだよ」
「全理か」
「すごく強そう」
必殺技についてそうな響きがして、厨二病センサーが反応しちゃうね。
「ボクは行く気満々だが、着いてきてくれるだろうか」
「……わかった」
俺が行かないで一人で行かれても心配だ。言っても宮野は女子高生。夜道に解き放つわけにはいかない。一般の方々に害が及ぶ。
渋々頷くと、宮野は力強くガッツポーズ。ずいぶん対照的なリアクションだ。
「では改めて、出陣!」
「うぇーい」
事前の予定通り、引きずられながら出発。
◇
世の中には虫取り網を持ってニコニコする女子高生がいる。というのは、なんとなくわかる。趣味なんて人それぞれだし、虫取りに情熱を注ぐ人だってたくさんいる。かつては俺も、そういう時代があった。
しかし同じ屋根の下にいるとは思わないわけで。宮野悠奈というJKのポテンシャルの高さを、またしても見せつけられる結果となった。手札がゲームしかない俺とは格が違う。ハーレムクイーンは伊達じゃない。
まあ、そのハーレムメンバーは辞退してるわけだが。当の本人は気にするでもなく。
「虫、虫、むっしっし~」
「かつてないほど楽しそう」
ルンルン気分で網を揺らしながら、暗い林道を進んでいく。俺の声が聞こえているかは、けっこう怪しい。
懐中電灯は俺。他の荷物はだいたい宮野。ここまでは自転車で来て、駐車場の隅にとめてある。
「トム先輩、ヘラクレスオオカブトはいると思うか?」
「いないだろ」
「では、ヘラクレスリッキーブルーは?」
「昆虫王者でしか見たことない」
つよさ200の最強生物。対して日本のカブトムシつよさ100。今になって思えば、なんでやねん案件ではある。
「仕方がない。無難にアルビノミヤマクワガタを探すとするか」
「難易度が一ミリも無難じゃないんだよなぁ。そもそも、このへんミヤマいんの?」
宮野がミヤマを探す。宮野ミヤマ宮間。なるほど。なにが?
「なにを言っているのだトム先輩。普通の森にはいるだろう」
「いや、俺はあんまりイメージないけど」
「そうなのか?」
「うん」
俺が育った街はこのへんではないけれど、よく見る昆虫はカブトムシ。運がよければコクワガタ。誰かが逃がしたオオクワガタって感じだった。
「あのさ、宮野」
「いかがした」
「お前が育ったのって、わりと田舎だったよな」
「な、なぜそれをっ!」
「俺が聞きたいよ……」
「あ、そうか。トム先輩は来たことがあったのだな」
あわや一泊二日。あの気まずさとなんとも言えない諸々は忘れないぞ。
「確かにそれほど栄えてはいないが、果たして田舎と言うほどだろうか。人はいるぞ」
「無人島以外は全部都会みたいな考え、嫌いじゃない」
だがハードルが低すぎだ。その理論だと戸村くんまで勤勉な学生になってしまう。筆箱持ってるから優等生、みたいな。
「いいか宮野。大学がないところは、だいたい田舎だ」
「な、なるほど! 言われてみれば、ボクの地元に大学はない」
明らかに間違った理論に、迷いのない納得。いつもなら慌てて修正するが、これは別にいいや。
「して、なんの話をしていたのだろうか」
「ミヤマクワガタがいるかいないか」
「実在する!」
「実在はするだろうよ」
勝手にハードル下げんな。
「問題はこの森にいるのか、だろ」
けっこう自転車を漕いだとはいえ、田舎の森ではない。
「深い山にいるからミヤマ。ってのをネットで見たんだけど、ここはなぁ」
「むぅ……」
露骨に落ち込む宮野クワガタ。間違えた。宮野。
「ま、いたら超ラッキー。いなくても落ち込まないでくれ的なあれだから。そんなにへこまないでほしいんだけど……」
「うむぅ……」
かつてないほど落ち込んだ様子の宮野。こいつ、自分の生き方みたいので悩んでた時より深刻な顔してやがる。お前にとってクワガタってなんなんだよ。中学生アイドルの芹沢さんなのか?
「トム先輩。ボクは、気がついてしまった」
重苦しい表情で、彼女は言う。
「お、おう」
辛うじて返事をする俺。どうしよう。泣いちゃったらどうしよう。こんな森の中で女の子泣かせたら一巻の終わりじゃない? 社会復帰は可能ですか?
しばらくの沈黙。
息が詰まりそうな中で、ぽつりと続きをこぼす。
「ミヤマと宮野では、韻が踏めない」
「帰れ」
キレそうでござる。
つづく




