表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人生に疲れた俺は、シェアハウスにラブコメを求めない  作者: 城野白
夏 3章 ちゃんと、君のことを見てるから
107/173

7話 この手も、言葉すらも届かないから

 泣いてしまう女の子が、昔から苦手だった。中学の合唱祭や、高校の卒業式。そういった節目で涙を流されると、どうしたらいいかわからなくなる。


 どうにもできないのは、わかっているのだ。


 俺は男で、向こうは女子で。気軽に手を伸ばして触れられるものでもなくて。いつも仲良くしている相手でもなければ、言葉すらかけられなくて。仲良くしていたって、気の利いたセリフなんて出てこないだろうし。


 ただもどかしくて。

 そんなふうに感情をさらけ出すことができる彼女たちが、どこか羨ましくて。


 そうだ。羨ましかったんだ。俺にはないものだったから。

 泣くことも、支えることもできなかったから。その疎外感が嫌いだった。


 その肩に触れて、優しい言葉をかけて、誰かの涙を止められる。そんな人になりたかった。


「ハンカチ、使って」

「……ありがとうございます…………」


「うん。ひとまず座ろうか。麦茶用意するから、ゆっくりして」


 でも。

 俺は俺だ。できないことは、結局できない。


 だから積んだ。一つ一つ、柄にもない丁寧さで。


 ソファに戻って、七瀬さんのコップを置いて、座り直す。お互い角に腰掛けているから、向かい合う形ではない。右斜め前に呼吸を整える少女がいる。

 落ち着いてきたのを見て、ゆっくり声を発する。


「テスト、悪かった?」

「……はい」


「そっか。よかったら見せてくれる? 嫌だったら、今すぐにとは言わないから」

「大丈夫です……先輩には、見せないと……」


 口をきゅっと結んで鞄を開ける。出てくる紙は、端がくしゃりとシワになっていて、慌てて七瀬さんがそれを直す。


 言葉は出てこない。

 頑張ったんだねとか、悔しかったんだねとか。そんな簡単な慰めで済ませていいほど、七瀬さんの感情は安くない。費やした時間も、努力も知っているから。その記憶が、俺の口を重くする。


 渡されたものを受け取って、目を通す。


 数学43点


 その一枚が、彼女にとって致命的だったらしい。後の教科はそれほど低くはないものの、引きずられている感じは否めない。

 取れると思っていた点数よりも、低い。


 その事実が、受験生である七瀬さんを。人よりスタートの遅れた彼女の心をすり潰す。

 遅れがあることを、誰より自覚しているから。


「七瀬さん。シャーペン貸してくれる?」

「え……、はい。どうぞ」


「ありがとう」


 ずっと考えている。どうやったら、君の力になれるか。

 俺はね、ずっと考えているんだよ。


「こことここは、解けた問題だ。ここの計算ミスは癖になってるから、仕方ない――」


 赤だらけの解答用紙に、薄めの黒を加えていく。

 マルバツだけの紙の上に、正しい意味を浮かび上がらせる。


「こっちも練習では解けてたけど、制限時間の中でやるには精密さが足りなかったかな。終盤の問題がちゃんと崩しにいけてるから、前半を巻きすぎてケアレスミスが増えたのか」


 どの問題が得意で、どの問題が苦手か。どのくらい時間がかかるか。ミスの癖はなにか。

 完璧じゃないけど、知っている。


 七瀬さんが道に迷ったとき、暗闇を進む手掛かりになるように。君の道は間違っていないよと、伝えてあげるために。


「なんだ……。点数をあげるために、攻めた結果じゃん」


 終盤の問題を解かなければ、高得点には結びつかない。そのためには、前半を素早く処理することが必要で。素早い処理には、ミスがつきまとう。

 ミスの恐怖と戦った。その痕跡が、至る所に散りばめられていた。


「…………どうして、わかるんですか」


 その問いに答えるには、少しの時間が必要だった。

 視線をゆっくり動かして、再び七瀬さんへ向ける。


「七瀬さんの気持ちがわかる、なんてことじゃないんだよ。俺はそんなに察しのいいやつじゃないから」


 自分のコミュニケーション能力をどれくらい信じてるか。それこそ、笹舟くらいにしか信じていない。


「だから、いつもの小テストとか、解説の手応えとか、そういうことを手掛かりにしてるんだ。テストを受けて、形になったときに見落とさないように」

「…………」


 大きな目に、また涙が溜まっていく。

 罪悪感で押しつぶされてしまいそうだ。悪いことをしているわけじゃない、と思う。だけど、やっぱり苦手だ。

 でも、苦手だけど、逃げちゃだめなこともあるよな。


「君が前に進んでることは、俺が保証する。だから落ち込まないでいいんだ」

「…………学校の先生も、そう言うんです……」


 右目から涙をこぼしながら、相変わらず震えた声で。それでも、顔を上げたまま七瀬さんは言う。だから俺は、目を逸らせない。


「私……いろんな人が応援してくれるように……なって、今日も、励ましてくれたりして……わからないんです」

「わからない?」


「なんで先輩も、先生も、私の応援をしてくれるんですか? ……私なんかの、」

「なんかじゃないよ。七瀬さんは、そんな言葉で罵っていい人じゃない」


 淡々と否定した。当たり前のことだから。


「俺だって、誰のことでも応援するわけじゃない。君が頑張ってることを知ってるから、力になりたいんだ。他の誰でもない、七瀬さんが俺たちを動かしてるんだよ」


 努力することが、俺は嫌いだ。

 努力する人が好きだ。その偉大さを知っているから。


「努力は必ず実を結ぶなんて、俺には言えない。だけど、努力には価値がある。人を動かす力がある。それはとても、すごいことなんだよ」


 結果だけが才能じゃない。頑張ることだって才能が要る。

 俺の役目は、その努力が実を結ぶようにすることなのだ。つまり、悪いのは俺だ。


 天井を見上げて、謝りたい気持ちを堪える。「力不足でごめんね」と、頭を下げたかった。でも、今必要なのはそれじゃない。そんな言葉じゃ、七瀬さんは救えない。俺一人の罪悪感は、喉の奥に閉じ込めておけばいい。


 ただ、前を。示せ。


「一緒に復習しよう。大丈夫。次はきっと、上手くいくよ」

「…………はいっ!」


 正しく努力した人が、正しく報われますように。

 俺が少しでも、君の力になれますように。


 こうして、七瀬さんの夏休みが始まった。







「戸村くん、期末テストはどうだったや?」

「…………べぇ」


「ん?」

「やっべぇギリギリだったぁぁああ! あぶねえええええ!」


 七瀬さんの復習に付き合ってたら、自分の勉強忘れてたって話。

 とんでもないスリルと共に、俺たち大学生の夏休みも始まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] なんと、単純に点数が悪かったからか… でもまあ、やり直したばっかりでしょう。それでその点は悪くないんじゃないかと思うけれどねえ。きちんと学校通ってもそういう点数とるのはいそうだし/w あせ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ