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人生に疲れた俺は、シェアハウスにラブコメを求めない  作者: 城野白
夏 3章 ちゃんと、君のことを見てるから
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5話 真広クッキング(夜の陣)

「帰宅RTA(再走)」


 昼休みのルートからスーパーを除いた、穂村荘まで一直線のany%RTA。現実世界に有効なグリッチはないので、プレイヤーの持久力、スピード、運が問われるガチ肉体派の部門である。


 運動神経は平均。根性は底辺を自称する俺は、そこそこ歩きながら可能な限り早く家にたどり着いた。

 七月ともなればさすがに暑いけれど、汗は流れていない。俺の本気度が知れるね。悪い意味で。


「ただいまー」

「おかえりなさい」


 出迎えてくれるのは、先に帰っていた七瀬さん。


 まあ、この時間なら俺以外の誰かが家にいるから。急ぐ必要がなかっただけだ。

 古河に呼び出されたら、たとえ火の中水の中草の中森の中土の中雲の中あの子のスカートの中(逮捕)。


 助けに行こうとしたら警察に連れて行かれる一般男性。法律が守ってくれる年齢はとうに終わっている。


「古河の調子、どんな感じ?」

「元気そうでしたよ。アイスを食べようとしていたので止めました」


「どっちが年上かわからなくて涙が出そうだよ」


 俺や宮野も含め、学生陣は揃って七瀬さんよりダメ人間だと思う。これも一つのバグだよなぁ。七瀬さんも成長したら俺たちみたいになるんだろうか。

 ……それだけは本当にやめてほしい。


「今は二階で休んでます。ところで、今日の晩ご飯は先輩が作ってくれるって本当ですか?」

「トム先輩が料理番と聞いて」


 七瀬さんの後ろから、颯爽と現れる宮野。登場するタイミングをずっと見計らっていたと思うと可愛い後輩だな――いや、そんなことないな。ちゃんとして?


 ちなみに俺は、そんなこと一言も言ってない。

 言っていないが、予測していないはずがない。ここで「どひゃ~」と驚いて目玉を飛び出す戸村くんはもういないのだ。


 悲しいかな、時間は人を成長させる。


「いいよ。二人とも勉強したいだろうし、今日くらいは頑張るから」

「トム先輩が作ると思ったら、いつにも増して食欲が湧くな!」


「その迷惑なシステム、今すぐやめろ」


 ことあるごとに俺の前にハードルを設置するんじゃない。

 快活に笑う宮野。その横で七瀬さんは、そっと胸の前で手を組む。小さく首を傾げて、


「先輩。無理はしないでくださいね?」

「本気の心配なのが胸を痛めるね」


 信頼度がゼロである。四ヶ月かけて築き上げてきたのは、勉強面だけの信頼らしい。七瀬さんの目が正常で安心した。


「大丈夫だよ。スマホ一つあれば、簡単な料理くらいできる」


 便利な時代になったものだ。かつてはレシピを文章でしか伝えられなかったのに、今では動画ですべて知ることができる。


「なにを作るんですか?」

「冷蔵庫と相談するけど、食べやすいのにしようかな」


「では、おまかせしますね」

「笹舟に乗ったつもりで待っててよ」


「泥船より頼りないです……」


 更に低みへ!


「二人は勉強してて。明日もテストでしょ」

「はい」

「うむ」


 揃って頷き、リビングへ戻っていく。そこで勉強するのが最近のトレンドらしい。

 女子はグループでも勉強できるらしいからな。対して男は、勉強会のことを合コンと勘違いしているし、なんなら実習系の授業も合コンだと思ってるし、遠足などの行事は普通に合コン。


 荷物を部屋に置いて、手洗いうがいをしてキッチンへ。

 共用スペースの心地よい穂村荘で、唯一背筋が伸びる場所。古河水希の聖域。


 冷蔵庫を覗くとき、深淵もまた俺を覗いているのだ。

 みたいなことはない。さすがに俺も使うよ。飲み物とかアイスとか。


「ふむふむ」


 頷いて、わかった感を出していく。誰も見ていないので、マジで意味はない。


 冷蔵庫から一旦離れ、棚のほうへ。調味料コーナーは俺にはまだ早いので、それ以外の場所を探していく。

 お目当てのものは、あった。


 そこからはスマホと睨めっこだ。作りたいものを検索し、レシピを見ながら一つずつ工程を進めていく。必要なのは自分への不信感。レシピに従順に、自らの勘を信じず、余計なことをしない。


 料理、というよりは工作に近い。キットに従って本棚を作ったりするのと、感覚は同じ。

 こうしてみると、自在に味を操れる古河はすごいものだ。味見して「コクが足りない……? じゃあソースを入れてみよう!」とかならないもん。


 あそこまでは、なれないけどさ。

 せめて古河が倒れたときくらいは、代わりを務めたいよな。


「できた」

「あら、いい匂いじゃない」


「マヤさんいつの間にっ」


 知らぬ間に帰ってきていたボスが、カウンターの向こうからこっちを見ていた。


「真広が作るって聞いたから、直帰してきたわよ」

「もはや高度な嫌がらせじゃないですか」


 プレッシャーのかけ方が邪悪すぎる。ま、もうできたものは変えられないので。そそ、そんなプレッシャーに屈することなんかないんだけどね?


「真広。お玉が震えてるわよ」

「冗談です。……これ、古河の部屋に運んでもらえますか?」


「にゅうめん?」

「そうです。食べやすいかなと思って」


「いいチョイスね」


 お盆に箸と器を載せ、マヤさんに渡す。


「ボクたちも手伝おう」

「テーブル拭きますね」


 勉強を切り上げた二人もやってきて、作った料理を並べていく。

 そうめんを煮て作ったにゅうめんと、サラダと、魚。古河よりずっと拙く、種類も少ない。それでもなんとかした。


 疲れるけれど、なんとなくわかった気がする。

 自分の作る料理を、楽しみにしてくれる人がいる。そのために、集まって食事を摂る。


 それはとても温かいことだ。素敵なことだと、思う。

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― 新着の感想 ―
[一言] 金目鯛塩だけじゃなくノドグロ塩ってのもある。これらがあれば、ニュウメンの出汁も一発/w 食べてもらうためにご飯を作る。そして一緒に食べる。 付き合っている相手にお弁当を作る心理ってのもそう…
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