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人生に疲れた俺は、シェアハウスにラブコメを求めない  作者: 城野白
夏 3章 ちゃんと、君のことを見てるから
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4話 真広クッキング(昼の陣)

 タイミングが悪い。というのは、俺の人生ではよくあることだ。

 聞けば俺に限ったことではないらしく、世の中、悪いこととは連鎖するようにできているらしい。マーフィーの法則なんてものが、その最たる例だ。


 ゲームのフリーズは必ずボス戦の終盤で起こるし、セーブデータのスロットミスでは、クリアデータが消滅する。意地悪な神様の手の平の上では、確率とはそういうふうに変動する。


 簡潔に言おう。

 古河が体調を崩した。

 七瀬さんと宮野は期末テストのまっただ中。マヤさんはいつも通り仕事。


 朝起きたら、リビングに古河がいなくて。先に来ていた三人が、不安そうにパンを食べていたのだ。事情を聞いた俺も、この世の終わりみたいな気分でパンを食べた。


 古河も風邪とか引くんだな……いや、馬鹿扱いじゃなくて。イメージがないというか、いっつもニコニコしてるから。


 運良く講義が二限からだったので、他の面々を見送ってから俺も外出。コンビニで飲み物とゼリーを購入。


 家に戻って二階に上がり、古河の部屋の前に立つ。

 ノックすると、すぐに返事があった。


「はーい」

「スポドリとゼリー買ってきたけど、いるか?」


「ありがとねぇ」


 ドアから出てきた古河は、パジャマ姿でへにゃっと笑っていた。部屋の中を見ないよう、立ち位置を調整。


「他に欲しいものあったら、買ってくるけど」


 袋の中を確かめる古河に、気持ちやさしめの声を掛ける。


「ううん」

「どうした? 俺にできる範囲なら、ワガママ言ってもいいんだぞ」


「せっかくだし、高いお肉にしようかなぁ」

「ばか」


 笑い飛ばすと、クスクス笑う古河。


「じゃあ、すりりんご食べたいな」

「……俺が、りんごをすりおろせると思うのか?」


「できるよ~」

「さすがにできるな。わかった、昼休みに戻ってくるから」


「やった」

「ヤバかったら電話してくれ」


「はーい」

「うん。じゃ、俺も行くから」


「いってらっしゃい」

「いってきます」


 立っているのも大変そうなので、ひらひら手を振って階段を降りる。鞄を背負って、俺も大学へと向かった。







「帰宅RTA」


 講義が終わると同時に大学を飛び出し、近くのスーパーでりんごを買い、帰宅部も真っ青のスピードで帰ってきたのは俺。こんなに直帰が上手かったら、どこかの企業にスポンサードされるかもな。コーナーで差をつけろ!


 リビングに滑り込むと、ソファのところに古河がいた。


「お帰り~」


 ソファの上にくてっと座り、テレビのリモコンをいじっている。着替えも済んでいるあたり、寝れなくなったのだろう。相変わらず、元気ではなさそうだ。


「この時間って、なにやってたっけ」

「テレビショッピング」


「回せ回せ。別の番組もあるだろ」


 他の局が放送休止のとき、追い詰められて観ると楽しい。青汁の広告とか、途中まで気がつかないもんな。だが正午はだめだ。


 キッチンに入って、まな板と包丁を取り出す。片付けはするので、道具の保管場所は完璧だ。一方で調味料は未知の領域。モコ〇キッチンにしか存在しないと思われていたものが、何個かあるのは確認済み。


 水洗いして、リンゴに包丁の刃を当てる。

 ふらーっと覚束ない足取りで、古河がダイニングへ移動してくる。俺の調理に興味があるらしい。ここはいっちょ男らしく、片手でりんごを握りつぶしてみるかね。


 ……みかんだったらいけるかな。


 一秒で自らの握力に見切りをつけ、大人しく再開。


「戸村くんって、りんご剥けるの?」

「可能ではある」


 これくらい出来ないとモテないぞ。と親に言われて中学生の頃に習得したのだ。あの頃の俺、純心すぎるだろ。そして不純すぎる。


 ま、料理できる男がモテるのは一部界隈においては常識なんですがね。問題は人に振る舞う機会がないところ。あれ? いや、今は例外だろ。


「実はけっこう料理の才能あったり」

「いやいや」


「三つ星シェフとしての過去を持ってたり」

「どんな世界線の俺だよ」


 塩と油と砂糖が最高だと思っている類いの人間だぞ。やる気がなければ、レタスと米に塩かけてもそもそ食べる。

 それでだって、生きていけるから。


「ほい、剥いた」

「お~」


 四等分にしてへたと芯を除き、力を入れて削っていく。無心。今なら悟りを開けそうな気がする。


 ……りんごは、おいしい…………。


 はい。


「できた」

「やったぁ」


 皿によそって、スプーンと一緒に渡す。俺の昼ご飯は買い忘れたので切れ端です。皮うめぇー。

 嘘ですここは家なので、カップ麺がある。備えあれば憂い無し。


「ありがとね」

「なんのこれしき」


 給湯器からお湯を移し、俺もダイニングへ移動する。いつもの席に着けば、正面だ。

 ただ二人でというのも、最近はあまりないので少し緊張する。一緒にご飯に行くときもあるが、そのときはもっと元気だし。


 少しだけ違うリズムに、落ち着かない自分がいて。心の奥でそっとため息を吐く。

 その言葉は、ぐるぐると渦を巻いて、形にならない。決して固まらないよう、かき回し続けているから。


 麺をすする。スプーンを動かす。

 食事中、俺たちはあまり話さない。二人のときは、特に。


 だから変わらない。なにも進まない。

 それでいい。それがいい。

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― 新着の感想 ―
[一言] 金目鯛ダシいり塩ってのがあって、お湯に溶かすだけで立派なダシ汁になる。きっとこれはレタスにかけてもうまいに違いない。さらにちょっとゴマ油たらしたりして。ご飯にかけるのはどうだろう。おにぎりの…
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