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人生に疲れた俺は、シェアハウスにラブコメを求めない  作者: 城野白
夏 3章 ちゃんと、君のことを見てるから
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2話 七夕

 穂村荘メンバーが奇行に走るのはいつものこと。

 だからその日、玄関に巨大な笹が置かれていても、気になりこそすれ驚くことはなかった。


 事情を把握するためリビングに入ると、マヤさんがなにやら得意げな顔で紅茶を飲んでいた。俗に言うドヤ顔だ。ドヤ顔待機。……大丈夫かこの大人。


 時刻はまだ四時過ぎ。夕方。いつもなら、マヤさんは帰ってきていない。


「パンダでも飼うんですか?」

「そういうのいらないのよ」


「…………」


 素直に正解を言うのは、癪なのである。なぜって? マヤさんがドヤ顔で待ち構えているから。今か今かと、答え合わせの瞬間を待ちわびているから。


 まあ、仕方がない。

 穂村荘の保護者役として、大人の対応をしよう。


「七夕でしたっけ、今日」

「そう。だからあらかじめ、笹がくるように手を回してたのよ」


「すごい。さすがマヤさん。世界一」

「感情を込めろ感情を」


「はぐあっ」


 鋭いデコピンをくらった。視界に星が舞う。あれがデネブ・ベガ・アルタイル?


 打ち抜かれた眉間を撫でる。うん。穴は空いてない。


「意外とロマンチックなんですね」

「まさか。私が星にお願いしたい純情少女に見える?」


「斜に構えたひねくれ女子ですもんね」

「聡明と言いなさい」


「むずっ」


 二発目のデコピン。アルタイルが爆ぜた。リア充爆発!


「それにしても、笹なんてどこで手に入るんですか?」

「親戚。毎年配ってるのよ」


「へえ」


 ずいぶん変わった親戚をお持ちのようだ。パンダでも飼ってるんだろうか。


「短冊あるから、あんたも書きなさい」

「ういっす」


 鞄からマッキーを取り出して、さらさらと書く。

【真・邪神転生Vが無事に発売されますように】


「できました」

「書き直し」


「なんで!?」

「願わなくても叶うからよ」


「開発元への信頼が厚いですね」


 まあ確かに、あそこは実績エグいけどさ。


「もっとあるでしょ。ちゃんと考えて書きなさい」

「……了解です」


 予備の短冊を渡され、リビングを後にする。ちらっとゴミ箱を見ると、既に何個か残骸が入っていた。みんな苦労しているらしい。


 リビングを出て、自室に戻る。荷物を置いて、座布団に座ってテレビとゲームを起動して――おっと危ない。スタートボタンを押してデータをロードして、さてまた始めていこう――待て待て待て。


 危ない危ない。

 短冊に書く願い事を考えるとか、ちょっと恥ずかしくて現実逃避してしまった。


 いやだってあれだもんな。普通に見られるやつでしょ、これ。心の中でそっといいこと願うのとはわけが違うじゃん。おもっきし見られるところに飾るんでしょ。なんなら宮野とか、俺のだったら読み上げるからなあいつ。そういうとこあるから。


 当たり障りのないのにしよう。

 たとえばそうだな。


【今年も元気に過ごせますように】

 初詣かな?


 …………うーん。

 ま、結局は【ゲームがいっぱいできますように】みたいになるんだろうな。


 …………。

 どうしたもんかね。


 俺の、願い事。

 ぱっと思いつかないのは、満たされているから。欠けたものを感じないから。


 こんなこと、今まで生きてきて初めてだ。

 足りないものが、いつもあった。友人。恋人。勉強。部活。安らぎ。刺激。

 いつもどこかに欠落を。あるいは過剰を。抱えて、抱えきれずにいた。


 今は、ちょうどいい。完璧だとは言わないけれど、不完全ではないのだ。ピースならちゃんと手の中にある。

 だから願うなら――


「……これにするか」







 行事と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、乗っかり隊長のマヤさんではない。


「七夕といえばそうめんだよ!」


 もちろん、古河である。

 食へのこだわりが人の五倍くらい強い彼女は、しっかりそのへんの対応もしてくる。やることがプロのそれだ。


「勢いで月見団子も作っちゃった」


 前言撤回。ただ食べたいものを作ってるだけだ。


 ま、それがいいんですけどね。


 腹が減っては願いは叶わん。とかなんとか言って、先に夕飯になった。今日はマヤさんが早いので、六時から。ためしにテレビを点けたら、懐かしすぎて泣いた。

 俺にもあったよ、忍者を目指してた時期が。


 食事が終わると、いよいよ短冊を吊す時間だ。

 各々が、少しばかり恥ずかしそうに自らのぶんを持ち寄った。


「戸村くんはなんて書いたの?」

「水希。真広はトリよ」


「訴えますよ?」


 なんて残虐なことをするんだ。


「とっとと楽になろうなんて許さないんだから」

「じゃあ、マヤさんが先頭切ってくださいよ」


 ふんっ、と得意げに鼻を鳴らして前に出ていく。紐で結ぶとき、どうしても周りに見られてしまうのだ。隠しても見るけどね。


「私のはシンプルよ。【定時退社】そしたら、もっとあんたたちと遊べるでしょ」

「ま、マヤさん……」


「ほら次、誰がいくの?」

「私いくよ~」


 ぴょんぴょん、と前に出たのは古河。


「【美味しい料理が作れますように】だよ」


 キュンとするだろバカ!


「うっ」


 俺以外にも一名、胸に手を当てて苦しそうなやつがいた。もう誰かは言わなくてもいいと思う。

 最初の二人で、宣言してからつける流れになってしまった。これは恥ずかしい!


 羞恥心という概念がない古河にいかせたのが悪手だった。七瀬さんが序盤に行くべきだったのだ。

 ここまで読んで……マヤさんめ。


 視線だけでグギギと伝える俺。魔女みたいに笑うマヤさん。


 こうなると、後に続くメンバーはけっこう緊張する。七瀬さんは、困ったような顔をしていた。


「あ、……あの、私、なんかちょっと、自分のことになっちゃって」

「大丈夫だよ。それが普通だから」


「そうですか?」

「安心していいぞ。ボクも大したものではない」


「じゃ、じゃあ……」


 恐る恐る、短冊を読み上げる七瀬さん。


「【成績を上げられますように】です」

「どこに恥じる理由があるのだ。素晴らしい願いじゃないか」


「悠奈さん……」


 肩を掴んで励ますイケメン。

 こんないいやつだから、きっと願いも素晴らしいのだろう。さあ、教えてくれお前の願いを。


「ボクのはこうだ。【初志貫徹】」

「書き初めかな?」


 思わずツッコんでしまった。

 やけに達筆な字で、止めはねはらいを遵守して書かれた文字。


「まあ、いいんじゃない? 悠奈らしいわ」


 腕組みして頷くマヤさんと、満足げな宮野。

 かくして四人が終わり、残るは俺一人。あれだよね。男一人って、こういうときにラストを任されるよね。この四ヶ月で学びました。


 ま、さらっとやりますか。


「俺のは普通ですよ。【みんなと、もっと仲良くなれますように】です」


 短冊をひらひらさせて、くくりつける。

 ちょっと時間をかけて結んで、振り返る。


 ああ、やっぱりだ。だからちょっと嫌だったんだ。

 俺を囲むように立った四人は、ニコニコ――というより、ニヤニヤして立っていた。


 仕方がないわね。

 しょうがないね。

 まったくトム先輩は。

 先輩のお願いですからね。


 そんな言葉が、なにも言ってないのに聞こえてくる。

 だから本音は嫌なんだ。


このお話とは関係のない話なのですが。

城野白のプロデビューになる作品の表紙が、Twitterのほうで公開されました。

最近更新が減っていたのは、それ関連のお仕事があったからでして。

よろしければ、作者ページから飛んで見てみてください。最高のイラストなんや……。

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― 新着の感想 ―
[一言] 願い事なんて、世界平和一択に決まっているやん、って。 実際自分のための願い事って、ここ何十年したことないな。 彼の願いは、神頼みしなくてもきっとみんなが叶えてくれることでしょう。 書籍の…
[一言] ラ〇ドウの新作が出ますように、ではないのか(´・ω・`)
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