1話 ビッグバンハンバーガー
七月の頭。駅のところにあるバーガーショップにて。
俺と宮野悠奈は、決戦の日を迎えていた。相手はこの店自慢のビッグバンバーガー。バーガーのくせに高さは二郎系ラーメンくらいあり、真ん中を貫く串がなければあっという間に崩壊してしまいそうだ。
古河には「あとで感想教えて~」と流され、七瀬さんには「正気かこいつら」みたいな目を向けられ、マヤさんはゲラゲラ笑っていた。
その、ビッグバンバーガーである。
「これが……創世のバーガー」
「なんだって?」
「ビッグバンは宇宙の誕生。すなわち創世、よってこのバーガーは創世を意味しているのだ」
「食べな」
「うむ。いただきます」
大人しく手元のナイフを持つ宮野。ネタをへし折っても落ち込まないあたり、どんどんメンタルが強靱になっていやがる。そのうちスベることに快感を見出してそうだっていうか、既にその域に達してそう。
バーガーをナイフで食べる。本場アメリカだったら「日本人の手には毒があるのかい?」と笑われそうな文化だが(勝手なイメージ)、ここは日本なのでオッケー。
さて、俺も自らのビッグバンに向かい合わねばなるまい。なにこの高さ。雰囲気。格が違う。だが俺はこれでも一般成人男性。社会的に見れば若者であるため、食べようと思えば食べれる……はずだ。頑張れ俺の消化器官。
「いただきます」
食べてる間の記憶?
必死すぎてなんも覚えてねえ……。
◇
「どうして……俺はこんなことを…………」
「後悔先に立たず……とは、よく言ったものだ……」
なんとか完食はしたものの、近くのベンチで動けなくなってしまった。腹が、苦しい。朝食を軽くしておいてよかった。いつも通りだったら、間違いなくあの世へ連れて行かれてた。
「帰れる気がしないなぁ」
「うむ。全くもって歩ける気がしないな」
「どうする?」
「どうもしようがないだろう」
「確かに」
ずーんとしたムードで座り込む男女が一組。傍から見たら完全に別れる数分前とかだろうか。すっと離れて歩く人々。
なにが辛いって、今笑えないってことなんだよな。笑ったら窒息する。
「トム先輩」
「どうした」
「大喜利をしよう」
「殺す気か?」
「カリギュラ効果だ。やっちゃダメだとわかっていることほど、やりたくなる」
「とことん恐ろしいやつだな」
「ではモノマネをしよう」
「なんの?」
問うと宮野は少し悩んで、くいっと眼鏡をあげる。
「ボクはトム先輩のモノマネを」
「当人に見せてどうすんだよ」
「盛り上がらないか」
「本人がいないから面白いんだって、ああいうのは」
俺の真似とか、本当にやめてほしい。日常のどの場面を切り取られても、やるせない気持ちになってしまう。その辺でばったり寝転んで「トム先輩の休日」とか言われてもその通りだもんな。
「……とうとう万策尽きてしまったか」
「まだ二つ目だったろ」
そんな深刻な顔をするんじゃない。
「トム先輩の名案をお聞かせ願おう」
「ハードルぶち上げるのやめて」
なんで常に俺への信頼がマックスなんだよ。そういう類いの精神攻撃ですか? めっちゃ効いてますそれ。
しかしこのまま座っていても、埒があかないのは事実である。はてさてどうしたものか。
ううん。
「……一生懸命頑張って、帰って倒れる」
鉛のような沈黙の後に、「まあ、それしかないのだろうな」という返事があった。
正論を言うのが、先輩の役目なのかなって。
ため息を吐きながら、重い腰を上げる。
「立てるか?」
「四足歩行なら、なんとか」
「よし。今から俺とお前は他人だ」
「頑張る、頑張るから」
「ほら。掴まっていいから」
右腕を差し出す。肘を曲げて腕をL字にして、手すりみたいに。
宮野は申し訳なさそうに手を伸ばすと、
「では」
「全体重をかけろとは……言ってねえ!」
思いっきり預けてきた。ざけんな。
温厚な戸村くんが久しぶりに大きな声を出してしまった。
「す、すまない。重かっただろうか」
「違う。違うけど、自分でもちゃんと立ち上がろうとしろ。杖に全体重を預けようとするな」
「松葉杖には預けるが」
「足折れてんのかよ」
「内臓は破裂寸前だ」
「俺もなんだよなぁ」
なので思いやりってやつを見せてほしい。日本人だから得意だろ?
差しだした腕はそのままに、今度こそは。そっと重さを預けて、「っしょ」と立ち上がる宮野。よくできました。気分はイクメンだ。でかいなこの幼児。
「さあ、腕を放せ」
「これはボクの腕だ」
「猟奇事件やめて」
なんとか奪還すると、やや残念そうな顔。お前にはお前の腕があるじゃん……。
のっそりのっそり歩いて、時間をかけて家に向かう。
「後悔はしてるけど、さ」
「?」
「反省はしてないよな」
「ああ。そうだな」
これはこれで楽しかったです。俺たちはアホなので。
ちなみにアホなので、古河と二人で出かけたことの報告とか、ぜんぶ聞き忘れた。
しょうがないね。
七夕エピソード……間に合ったら…………